鮮やかな万華鏡の煌めきで世界を陶酔させた才能が世に問う、アーティスティックな野性の証明――ドリーミーな幻想世界の中心で愛を叫ぶミゲルの芸術は爆発だ!

 

独自のオルタナティヴ感覚

 インディー・ポップ方面におけるナイーヴな歌唱フィーリングの流行が〈インディーR&B〉として緩やかに括られた感じもいまや懐かしいものがあるが、そうした動きにアーバン方面から自然とシンクロしていたのが、いわゆるアンビエント/アトモスフェリック系の意匠を纏って歌を音壁に埋め込んでみせた、ウィークエンドフランク・オーシャンジェネイ・アイコらオルタナティヴ志向(という形容も大雑把だが)のアーティストたちだったのは言うまでもない。そして、ドリーミーな大ヒット・チューン“Adorn”を含むセカンド・アルバム『Kaleidoscope Dream』(2012年)でブレイクしたミゲルも、どちらかといえばその界隈のヴォーカリストという印象を抱いていた人も多いことだろう。ただ、そうであればあるほど、およそ3年ぶりにリリースされたサード・アルバム『Wildheart』における彼の自由な変貌ぶりには驚いたのではないだろうか。

MIGUEL Wildheart Bystorm/RCA(2015)

 カリフォルニア州サンペドロでメキシコ系の父とアフリカ系の母の間に生まれたミゲル・ジョンテル・ピメンテル(85年生まれ)は、普通にマイケル・ジャクソンのようなスターに憧れながら同時代のヒップホップに親しみ、親の影響もあって往年のソウルやスタンダードなロックに触れながら柔軟に自身の音楽趣味を広げてきたアーティストである。だからこそ、そもそも一括りの形容では収まりきらないほどの多面的な煌めきが『Kaleidoscope Dream』にはあったし、そんな彼の育んできた感覚というものを思えば、『Wildheart』からゆらりと広がってくるアーティスティックな独自性は自然な表現欲の帰結に違いない。

 連続ヒットによってエスタブリッシュされた結果やりたいことが好きにやれるポジションに至ることができたのか、多くのアーティストと交流することでさまざまな音楽に対して視野が広がったのか……恐らくはその両方だと思うが、昔から身体に染み込ませてきた音楽や日々吸収していったあれこれを新しい視点によって繋ぎ合わせることで、『Wildheart』は幻想的なサイケデリック・ソウル作品にして同時に極めてポップな風合いも持つという、美しくも不思議なアルバムとなったのだと思う。それは例えばディアンジェロビラルヴァン・ハントラサーン・パターソンらがエクストリームに走った場合のミクスチャー感覚をも連想させるわけで、そう考えるとアルバム内に張り巡らされた仕掛けやコラボレーターの興味深さもより明瞭に見えてくることだろう。

 

解き放たれた野性

 とはいえ、エンジニアも含めて参加しているスタッフが初作『All I Want Is You』(2010年)の頃からあまり変わっていないのもミゲルの特徴ではある。チカーノ系のヒットメイカーであるハッピー・ペレスに、いろんな意味で対応力のあるサラーム・レミという柔軟な大御所2人との縁はもちろん継続。また、デビュー前から組んできたLAのエンジニア兼プロデュース・チーム=フィスティカフスも、彼の志向と現行インディー感を繋ぐ重要なブレーンだと言えよう。で、そのなかでの変化として挙げられるのは、ミゲル自身がプロダクションに関与する度合いをさらに増し、みずから楽器を演奏して全体を舵取りする局面も増えたということだ。アルバムのキックオフとして先行公開された“coffee”はセンシュアルな情景を詩的に描いたセルフ・プロデュースの佳曲(J・デイヴィーの片割れでもあるブルック・ドリューがプログラミングをサポート)だったし、70年代の英国ロックを連想させる“Hollywood Dreams”はフィフティカフスとの共同プロデュース。一方で、同じEPに収められていたコラプト(!)客演の不穏でセクシーな“NWA”は、カニエ・ウェスト人脈であるベニー・カセットとの初コラボでもあったが、流麗なミゲル節の横溢ぶりに揺るぎはなく、改めて確立された個性の強さも感じられたものだ。

 そのようなミゲルらしさはアルバム全編を通じて咲き誇っており、前作から引き継いだ幻想的な色合いを、それ以上に毒々しくも美しい極彩色のサイケデリックに染め上げてみせている。開放感たっぷりにオープニングを飾るスタジアム志向のロック・チューン“a beautiful exit”からも、そのスケールの大きさは歴然だ。さらには前作でも組んだオーク&ポップ・ワンゼル軍団とのストレンジなディスコ“DEAL”、ラファエル・サディークを迎えたスライ的な“FLESH”、前作所収の“Candles In The Sun”と同様にバンドで録られた鬼サイケな“...goingtohell”と意欲的な佳曲が居並び、そしてレニー・クラヴィッツのギターを翼に変えて眩しい地平へ飛翔するような“face the sun”にてアルバムは大団円を迎える。傑作か問題作か、いずれにせよ素通りするような作品じゃないことは確かだろう。自身の野性を気ままに解き放った天才がこの先どこへ向かうのか、彼の眼前にはさらなる地平が広がっているはずだ。 

Pt.2 マライアやハドモー、エルトン・ジョンにスマパンまで、ミゲル新作『Wildheart』と併せて聴きたい作品たち