スムースな歌唱表現をロマンティックなシンセ・ワークに包んで、UKからまたもヴィヴィッドな才能が登場した。週明けも夢中にしてくれるのはこの男だ!!

 「ただの秘密の趣味だったんだ。自分がフロントマンになると思ったことはなかったよ」。

 自身の創作についてそう明かすのはドーニク・レイ。ロンドンに住まう彼は、ヴォーカリストやドラマーとしてさまざまなアーティストのライヴを支えてきた経歴の持ち主だという。ただ、ステージ上で自分の役割をこなしながら、ベッドルームでの彼は自身の音楽制作に黙々と取り組んでいたのだった。そしてジェシー・ウェアとのツアー中、そのデモを耳にした彼女によってPMRに音源が渡った結果、ドーニクの背中はステージのセンターへと押されることとなった。彼女の“Imagine It Was Us”にバック・ヴォーカルで起用された2013年、ドーニクは“Something About You”でPMRからアーティスト・デビューを果たす。

 もしかしたらそのレーベル名から一定の先入観を抱く向きもあるかもしれない。PMRといえば、エルヴィス1990ジュリオ・バッシュモアも一時は籍を置き、最近はメリディアン・ダンT・ウィリアムズのようなUKGグライム作品もリリース、何よりメジャー流通を介して送り出したジェシー・ウェアやディスクロージャーのブレイクで、さらに大きな脚光を浴びているロンドンの新進レーベルである。一方で、こうした界隈から登場するベッドルーム・ポップやオルタナティヴな表現が修飾語としての〈R&B〉のオシャレな記号化を推進してきた結果、いわゆるアーバン・リスナーの興味を惹かないタイプの作品が〈R&B〉を強調される機会も多くなった。それはそれでもいいとして、ただ、このドーニクの音楽性がそうした記号とは似て非なるものとして、文字通りに幅広い受け手を魅了するに違いないことは強調しておきたい。

DORNIK Dornik PMR(2015)

 ともかく、「〈急がば回れ〉というのを信じているんだ。ジャンプしようとするんじゃなく、登っていくことをさ」という信条の通り、じっくり時間をかけて完成されたファースト・アルバム『Dornik』は素晴らしい作品に仕上がっている。オープニングで鮮烈に弾ける“Strong”は、プリンスの何かを思わせるアタックにジョー・ジャクソンばりの晴れやかさでステップするニューウェイヴ・ファンク。このマイルドな折衷センスはUK生まれの人らしいものだが、続く“Blush”の親密なヴォーカルがプリンスとキングの間を飛び回る蝶のような愛らしさを見せてからは、聴いたまんまのマイケル・ジャクソンからの影響がナチュラルに溢れ出す。「ショートフィルムの脚本を書くみたい」な行程を経たリリカルな表現と繊細な歌唱がメロウなエコーを帯びて一体化する様子に、例えばマーシャ・アンブロージアス(言うまでもなくUKの人だ)がマイケルに献上した“Butterflies”を思い出す人も多いのではないだろうか。

 そんな心地良い作中においてさらに強力なアクセントとなるのはリード・シングルの“Drive”、あるいは泡立つシンセ・フレーズと優美なコーラス・ワークに包まれた“Stand In Your Line”など、アンドリュー“ポップ”ワンゼルが助力した数曲だ。エル・ヴァーナーアッシャーをはじめ、最近ではミゲルプリンス・ロイスらを(主にオークとのチームで)手掛けている売れっ子の才人だけに、ここでもドーニクの本質を心得たうえでさらに大胆かつ絶妙なオマージュへ踏み込んで結果を出している。言うまでもなくこの判断は非常にタイムリーだったというか、ウィークエンド“Can't Feel My Face”の世界的なヒットによって大っぴらに承認を得た感もあるMJモチーフという観点においても、本作の完成度は疑いなく極上クラスと言っていいだろう。

 ちなみにその“Can't Feel My Face”は先日のVMAにおいて〈最優秀サマーソング〉部門を受賞しているが、奇しくも『Dornik』は本人いわく「これはサマー・アルバムなんだ、晴れた日のドライヴで聴くためのね」とのこと。もちろん、今回の日本盤リリースでキャッチしてもドーニクの繊細な心地良さは季節外れなものではない。