【Click here for English translation】
自分自身の経歴と現在のモードを投影した音楽の『MIRROR』ーージャズ・ベーシストとして、それ以上にシンガー・ソングライターとしての率直な素顔がここには静かに映し出されている
この作品はレコード店のどの場所に並べられるのだろうか。〈Jazz〉のコーナーなのか、〈Rock/Pop〉のコーナーなのか、〈J-Pop〉のコーナーなのか、それとも……。2月に活動を休止したquasimodeのベーシスト、須長和広のソロ・デビュー作『MIRROR』は、まずそんなことを考えてしまうほどにジャンル分けの難しい、エクレクティックな内容だ。
「沸き起こるイメージをそのまま形にしていこうと思ったんです。quasimodeというバンドのイメージに縛られちゃうとある一定の方向性になってしまうので、そうならないように、自分がいままで聴いてきたものを素直に反映させるよう試みました。そしたらすごくいろんな要素が入ってしまって(笑)。これはいま自分にあるものをそのまま映し出した鏡のような作品で、だからタイトルを『MIRROR』と付けたんです」。
作曲/編曲をみずから手掛け、歌詞もいくつか書いている。またエレクトリック・ベース、アコースティック・ベースはもちろん、ギター、シンセサイザー、オルガンを弾いて、柔らかな歌声も聴かせている。まさしくありのままの自分を映したもので、質感としては〈ジャズを経由したシンガー・ソングライター作品〉と言えるものだ。そういう意味でミシェル・ンデゲオチェロの歌モノ作品や、(ベーシストじゃないが)ホセ・ジェイムズのアルバムの横に置かれていてもしっくりくるかもしれない。と、一聴してそう思ったのだが、制作にあたって彼がもっとも影響を受けたのはサンダーキャットだったそうだ。
「あの人もベーシストでありながら歌もうたっていて、しかもそんなにうまくない(笑)。歌詞もワンフレーズを繰り返しているだけだったりするところがあるけど、でもそれで十分成り立ってるし、味がある。ああ、こういうやり方もあるんだなって思って」。
須長のほかに、大橋トリオ、sugar me、Maya Hatch、ドラマーの神谷洵平、キーボーディストのKan Sanoらがヴォーカルをとっている。いずれも楽曲の世界観に沿った、淡泊ながらも色気のある歌い方だ。また須長を含めてバンド・メンバーたちは決して弾きすぎない。少ない音数ながら聴けばそこに景色が立ち現われる、そんな豊かな楽曲群である。
「いろんなタイプの曲を書いて、〈この曲をあの人に歌ってもらったらおもしろいだろうな〉というようなアレンジャー的側面も楽しみたかったんです。ベーシストのリーダー・アルバムみたいな感じで弾き倒してるようなのは最初からやりたくなかった。初めは何曲かでベース・ソロも録ったんですけど、曲の邪魔になるなと思って結局排除しました」。
オープナーは「サウンド的にだいぶ攻めている」と言う“Coexistence”。曲名は〈共存〉の意味だが、地球上の生物の共存を願うと同時に、音楽~リズムの共存という意味も託している。2曲目“リズム”は軽やかなポップソングで、須長が気持ち良さそうに歌っているのが印象的だ。aikoや松任谷由実らのツアー・サポートもしている彼だが、「たまにコーラスもやるんですけど、何度かやってるうちに意外と〈オレ、歌もいけるかも〉って思えてきて(笑)。新しい楽しみを覚えちゃいましたね」。
“The Butterfly”はAORタッチで、“空が落ちて”は3拍子のジャジーな曲。ビートリーな“Showtime”やサイケがかった“Suzanne”にはロック要素も入っている。
「最近はテイム・インパラとか、ショーン・レノンのゴースト、ダニエル・ラノワがやってるブラック・ダブとか、そのへんが大好きで。“Suzanne”はそのイメージ。いま、自分のなかでロックが再燃してるんです」。
そして、こうも続ける。
「歌詞にも表れてるけど、オレ、宇宙とか地球とか神秘的なものが大好きで。よくみんなに〈つかみどころのない奴〉って言われるんですよ。だからこのアルバムも、つかみどころがない。けど何度か聴いてもらえれば、内から出る静かなエネルギーみたいなものをきっと感じてもらえると思うんです」。