初めてゲルネを生で聴いたのは1997年、ザルツブルク音楽祭の『魔笛』だった。アヒム・フライヤー演出でサーカス仕立ての舞台。パパゲーノに扮したゲルネは、なんとピエロの格好で、一輪車に乗って登場したのだ。その存在感あるキャラクターに強い印象を受けた翌年には、エディンバラ音楽祭でリートを聴いた。ブレンデル伴奏による《冬の旅》で、このときは鳥のような鋭い目をした不思議な風貌に圧倒された。もちろんまろやかな美声と豊かな音量、肩から力が抜けるように自然な発声と繊細な表現にもすっかり魅了された。

 あれから幾星霜が経って、ゲルネは多くのディスクをリリースし、来日も重ね、声楽界でますます存在感を増している。最近のゲルネは低音も充実してニュアンスが豊かになり、表現もより深くなった。さらには独自のキャラクターを前面に出して“個性派”街道をまっしぐら。2008年からは膨大なシューベルトの歌曲から自らセレクトした曲を、11枚のCDに収めるという壮大なスケールのプロジェクトも進行中だ。この企画も自らがハルモニア・ムンディに持ち込んで実現したものだという。

MATTHIAS GOERNE Matthias Goerne Schubert Edition Vol.8 - Wanderers Nachtlied Harmonia Mundi(2014)

 曲集によってピアニストが異なり、お馴染みのヘルムート・ドイチュエリック・シュナイダーアレクサンダー・シュマルツに加え、エリザーベト・レオンスカヤクリストフ・エッシェンバッハインゴ・メッツマッハーアンドレアス・ヘフリガーとこちらも個性派ピアニストが顔を揃えている。曲に合わせてゲストのピアニストを招くという、ゲルネの強いこだわりが感じられる興味深いシリーズだ。

 その最新アルバム第8集は『さすらい人の夜の歌』と題された2枚組で、メランコリックで優しい抒情的な名曲が集められている。CD1はドイチュのピアノで、最高傑作の一つ《万霊節の連祷》が、シュナイダーのピアノによるCD2では《さすらい人の夜の歌》や《星》が深い哀しみ持って密やかに歌われる。なお秋にはシリーズ第9弾、ゲルネの十八番、《冬の旅》がリリースされるという。

 また5月には来日も予定されている。2007年に続き、日本では2度目となるシューベルト3大歌曲集、《美しき水車小屋の娘》《冬の旅》《白鳥の歌》が演奏される。ピアノはアレクサンダー・シュマルツ。そしてN響の定期にも登場する。ゲルネは近年オペラのレパートリーも増やしており、今回はワーグナーの《オランダ人のモノローグ》と『ワルキューレ』のヴォータンも歌う。今後の舞台での活躍を予感させる興味深いプログラムだ。

 


 

NHK交響楽団 第1781回定期公演 Aプログラム
○5/10(土)18:00開演 会場:NHKホール
ワーグナー :歌劇『さまよえるオランダ人』から オランダ人のモノローグ「期限は過ぎた」他
マティアス・ゲルネ(Br)ガエターノ・デスピノーサ(指揮)

流麗、圧倒的存在感の歌声で深遠なるシューベルトの世界を〜
○5/13(火)シューベルト:歌曲集「美しき水車小屋の娘」○14(水)歌曲集「冬の旅」○15(木)歌曲集「白鳥の歌」D.957
マティアス・ゲルネ(Br)アレクサンダー・シュマルツ(P)
会場:紀尾井ホール