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旬のアーティストを招聘して支持を集める〈Hostess Club〉シリーズの新イヴェント〈Hostess Club Presents Sunday Special〉が、4月10日(日)にTOKYO DOME CITY HALLで開催される。テーマは〈上質な音楽に浸る特別な日曜日〉。ヘッドライナーのトラヴィスに、ベン・ワットジョン・グラントラプスリーと、いずれもニュー・アルバムのリリースを控えた新旧の優れたアーティスト4組が出演する。

Mikikiでは、この〈Sunday Special〉を総力特集。第1回の出演アーティスト紹介に続いて、第2回は初来日となるジョン・グラントに本邦初のインタヴューを実施。日本でも人気の高いアウスゲイルの世界デビューに一役買い、4月6日に日本盤がリリースされる最新アルバム『Grey Tickles, Black Pressure』を筆頭に、これまでの作品は各国のメディアで年間ベスト・アルバムに選出されるなど、世界的に高く評価される実力派シンガー・ソングライターの素顔に迫った。 *Mikiki編集部

★第1回:出演アーティスト紹介編はこちら
★第3回:Chocolat & Akito × Awesome City Club洋楽インディー座談会はこちら

 


セルゲイ・ラフマニノフイエローも愛する彼の、80年代ニューウェイヴとクラシックに同じだけの互換性を備えた音楽的美意識。威厳のみならず、セクシーでデンジャラスな匂いも潜めたバリトン・ヴォイス。保守的な時代に保守的な場所で同性愛者として育ったことのトラウマといまも向き合いながら、ラヴとセクシャリティーを掘り下げる悲喜劇的な曲の数々――〈Sunday Special〉で待望の初来日公演を行なうジョン・グラントは、どこから切っても型にはまらぬ、アウトサイダーとしての異彩を放っている。

※億万長者でギャンブラーのディーター・メイヤーボリス・ブランクから成るスイスのエレポップ・ユニット

アメリカはミシガン州の小さな町に生まれ、90年代から2000年代半ばにかけてデンバーを拠点にサーズ(The Czars)を率いた彼は、長らく成功に恵まれず、ドラッグやアルコール依存といったパーソナルな問題も抱えて、一時は音楽活動を休止。世界各地を転々としながら、ドイツ語やロシア語の翻訳者などさまざまな仕事を経験した末に、旧友ミッドレイクの誘いで音楽作りに復帰したのが42歳だった2010年のことだ。彼らの全面協力のもとに完成させたソロ・デビュー作『Queen Of Denmark』は、敬愛するコクトー・ツインズの元メンバー、サイモン・レイモンド主宰のベラ・ユニオンからリリースされるや賞賛を浴び、ヨーロッパを中心に熱狂的なファンを勝ち取ることになる。

その後2012年にはアイスランドのレイキャヴィクに移り住んで、ガスガス(Gusgus)のビッギ・ヴェイラとの共同プロデュースでセカンド・アルバム『Pale Green Ghosts』(2013年)を制作。〈ブリット・アワード〉インターナショナル部門の最優秀男性アーティスト賞候補にノミネートされたジョンは、海外では昨年秋に発表してこれまた絶賛を欲しいままにした最新作『Grey Tickles, Black Pressure』で初の全英トップ5入りも果たし、遅咲きのキャリアをさらに大きく開花させている。

来日を前に遅ればせながら日本盤が登場するその『Grey Tickles, Black Pressure』は、近年ではセイント・ヴィンセントFFSとのコラボで脚光を浴びる売れっ子のジョン・コングルトンと、テキサスにある彼のスタジオでレコーディング。クラシカルなアレンジを採り入れたドラマティックなロック・バラードと、ダークな色合いのエレクトロ・ファンクを織り交ぜている今作は、70年代に根差した初作と80年代に根差した2作目の路線を、それぞれに進化させたと言うべきだろうか? リリシストとしても、より安定し充実した現在と、波乱の過去の自分を交錯させて、相変わらず真っ正直な筆致で自画像をアップデートしている。そんな彼がメールで応じてくれた以下のインタヴューには、アルバムのことはもちろんだが、この愛すべき異端児の人となりを浮き彫りにしてくれそうな質問も挿んでみた。

JOHN GRANT Grey Tickles, Black Pressure Bella Union/HOSTESS(2015)

 

この星で生きることにまつわる想いを、
みずからを縛ることなく、誠実に表現すること

――ここにきてあなたの人生は、ひとつの安定期を迎えていますよね。レイキャヴィクに腰を落ち着け、シンガー・ソングライターとしての評価を固めて。そういった変化は、音楽作りに向かう気持ちに何らかの影響を与えましたか?

「そうだな、時によって、以前にはなかったフレキシビリティーを僕に与えてくれるようになったことは、間違いないね。とはいえ、ある程度の成功を手にしたことであまりにも忙しくなってしまったから、クリエイティヴな作業に費やす時間を見つけるのが困難なこともある。それって、まったくのパラドックスなんだけどね。とにかく、スタジオにおいては以前よりも恵まれた環境にあって、機材を使うことにも慣れてきたんだが、究極的には、物事が大きく変わったとは言えないと思う。よりたくさんのオモチャを手にしても、それがより優れた音楽を生むとは限らないからね」

BBCフィルハーモニック・オーケストラと共演した2014年のライヴ・アルバム『Live In Concert』収録曲“GMF”

 

――では、遅咲きのアーティストであることに長所と短所があるとしたら、それはどんな部分でしょう?

「短所がひとつあるとしたら、それは、あまりに歳を取りすぎていると見なされて、人々が僕のことをあまりマジに受け止めてくれないってことかな。その一方で最大の長所は、いまの時点での僕は、若い頃よりも遥かに自分という人間を理解しているということだ。だから、自分にまつわるハイプに心を惑わされたりする可能性は低いだろうし、名声ってヤツは、それそのものがゴールにはなり得ないとわかっているんだ。それに、名声をいまさら追うつもりもないしね」

――ソングライターとして常に重視していることは?

「この星の上で人間として生きることにまつわる自分の想いを、明確に、一切みずからを縛ることなく、誠実に表現すること、だね」

『Grey Tickles, Black Pressure』収録曲“Down Here”

 

――新作『Grey Tickles, Black Pressure』はどのような意図をもって着手したアルバムだったんでしょう?

「まず、引き続きシンセサイザーを使いたいってことはわかっていた。大好きでたまらないからね。ただ、いくつかのアイデアはあったものの、具体的なアルバム像があったわけじゃない。ただ曲作りを始めて、自然に生まれたのがこれらの曲なんだ。そこに、従来より多くの怒りが表れるだろうことは、最初から予想していたけどね」

――プロデューサーにジョン・コングルトンを起用した理由は?

「ジョンが手掛けた、ほかのアーティストの作品に惚れ込んでいたのさ。特にセイント・ヴィンセントの最新作(2014年作『St. Vincent』)にね。で、思いきって彼にプロダクションをすべて委ねてみようかと思ったんだ(過去2作品でのジョンは自らプロダクションに関わっている)。自分の普段のアルバム制作方法を鑑みると、ジョンと組むことはひとつのチャレンジになることがわかっていた。でも今回は、彼のやりたいようにやらせてみたのさ。彼が何をしたいかとか、僕が彼に何をしてほしいかとか、そんなに詳しくふたりで話し合ったわけでもないしね」

ジョン・コングルトンがプロデュースした、セイント・ヴィンセントの2014年作『St. Vincent』収録曲“Birth In Reverse”

 

photo by Michael Berman

 

僕ら人間は、本当の愛を体験することを
あえて困難にしているようなところがある

――『Grey Tickles, Black Pressure』というアルバム・タイトルは、アイスランド語で〈中年の危機〉を指す表現と、トルコ語で〈悪夢〉を指す表現の英語訳を並べたものだとか。

「これは実は最初に思い付いていたんだ。2年くらい前からあったのかな。それからタイトル・トラックを書いたんだよ」

――このタイトルは決してハッピーには聴こえないですが、アルバムの全体的なトーンは決してネガティヴではないですよね。

「僕がこのアルバムを作りながら気付いたのは、自分自身と自分の人生をポジティヴな方向に変えて、それまでの絶対に乗り越えられないと思っていたことを乗り越える能力を、僕は備えているということなんだと思う。それと同時に、僕が自分自身を結構愛しているんだってことも知った。そして僕が抱えるさまざまな欠点に関して、思っていたよりも自分に寛容になれるってことを悟ったよ」

タイトル・トラックがバックで流れる、『Grey Tickles, Black Pressure』のトレイラ―映像

 

――アルバムのオープニング(“Intro”)とエンディング(“Outro”)には、新約聖書の〈コリント人への第一の手紙〉の、愛の定義を綴った章の朗読を配しています。〈愛は寛容であり、愛は情け深い……〉といった引用に続いて、あなたは愛の残酷さやおかしさを歌うという、逆説的な構成がおもしろいですね。

「僕は必ずしも、これらの聖書の著述が誤っていると証明しようと試みていたわけじゃないんだ。でももしかしたら、僕自身だけでなく大勢の人たちが〈愛〉と呼んでいるものは、真の愛とはまったく無関係である場合が多いのかもしれないね。僕は間違いなく愛を信じている。でも僕ら人間は、本当の愛をなかなか体験できないんだ。あるいは、自分たちが本当の愛を体験することを、あえて困難にしているようなところがあるんだよね」

――前作『Pale Green Ghosts』ではシニード・オコナーと共演し、今回はアマンダ・パーマーと、エヴリシング・バット・ザ・ガールトレイシー・ソーンが参加。女性ゲスト・シンガーの人選が絶妙なのですが、シングル曲“Disappointing”で特にトレイシーの声を必要としたのはなぜですか?

「このアルバムでどうしてもトレイシーとコラボしたくて、彼女の声がフィットするように感じられたのが、唯一あの曲だったんだよ。本来なら、トレイシーと実際に曲を共作するか、彼女の声を想定して曲を書けば良かったんだけどね。本当に心から彼女の声を愛しているんだ」

トレイシー・ソーンをフィーチャーした、『Grey Tickles, Black Pressure』収録曲“Disappointing”

 

シニード・オコナーをフィーチャーした、2013年作『Pale Green Ghosts』収録曲“Glacier”

 

――前作も今作も、ジャケットには2羽のフクロウが写っています。あなたにとってオウムが象徴するところとは?

「自分でもよくわからないんだよね。とにかくフクロウって非常に興味深くて、美しいと思う」

JOHN GRANT Pale Green Ghosts Bella Union(2013)

 

英語という言語の美は、フレキシビリティーと
無限のヴォキャブラリーにある

――アイスランドに暮らして4年になりますが、ここに住むべきだと実感させた出来事などがあったんでしょうか?

「アイスランドで出会った人々が、ここは僕の故郷になり得ると感じさせてくれたんだ。その感覚を言葉で説明するのは難しいんだけどね。実際、他にもいろんな場所で僕は十分にハッピーな生活を送れると思うんだが、アイスランドは自分にすごくいい影響を与えてくれているように感じるし、ここで暮らすのが大好きなんだよ」

――アイスランド語も習得して、アウスゲイルのアルバム『In The Silence』(2014年に全世界リリース)の歌詞の英訳を手掛けていました。他のアーティストの訳者という仕事はいかがでしたか?

「アーティスト本人と良好なコミュニケーションを確立できてさえいれば、そんなに難しい作業ではないんじゃないかな。たとえ歌詞の意味を完全に理解していないとしても、ね」

アウスゲイルの2014年作『In The Silence』収録曲“In The Silence”

 

――それ以前から海外生活が長いあなたでも、いまだにアメリカ中西部の人間らしい部分を自分のなかに認めることはありますか?

「僕が思うに、中西部出身の人間は非常に地に足がついているところがあって、思いやりがある。そういう部分かな」

――あなたのソロ作品を通じて、サーズに興味を抱いたファンもいると思います。入門作として、どれを薦めますか?

「やっぱり、一番最近リリースされたコンピレーション(2014年にベラ・ユニオンからリリースされた『Best Of』)を聴いてもらうのがいいかな。あれを聴けば、僕らが作っていた音楽の概要が掴めると思うよ」

2010年作『Queen Of Denmark』収録曲“Marz”

 

サーズのベスト盤『Best Of』の1曲目に収録された“Val”

 

――4月には日本でライヴ・パフォーマンスを行ないます。初めての日本でやりたいことはありますか?

「日本に行けることをものすごく楽しみにしているよ。日本の映画は長年観てきたし、近藤等則の作品も愛聴してきたし、日本語は世界でもっとも美しい言語のひとつだと思うんだ。だから日本のカルチャーには深い興味を抱いていて、びっくりさせられる場所だと聴いているよ。ぜひレコード屋巡りをして、僕のオールタイム・フェイヴァリットの1枚である、近藤等則・IMAのアルバム『BRAIN WAR』(91年)のアナログ盤を探し出したい。あとは都会を抜け出して、田舎も少し訪ねてみたいね。山地にある村なんかで人々がどんな生活をしているのか知りたい。それからもちろん、新幹線にも乗ってみたいな。時間が足りなくて、やりたいことを全部やり切れないとわかっているうえに、次回いつ行けるかわからないから、きっと僕にとってかなり苛立たしい旅になるだろうね!」

※国際的に活躍しているフリージャズ・トランペット奏者。80年代にIMAバンドを結成。ビル・ラズウェルジョン・ゾーンデレク・ベイリーハービー・ハンコックDJ KRUSHなど多数の共演歴を誇る

近藤等則・IMAの90年のライヴ映像

 

――数か国語を操る音楽界きっての語学者として、特に好奇心をそそられた日本語の単語はありますか?

「まだそんなにたくさんの日本語の単語を知っているわけじゃないんだけど、〈tsuki〉には惹かれる。僕はそもそも月が大好きで、アメリカ人は一般的に〈月には人の姿が見える〉と言うところを、日本人は〈ウサギがお菓子を作っている〉と言うんだろう? それって本当なのかなって、不思議に思っているんだけどね」

――では英語については、どこにその美しさがあると思いますか?

「英語という言語の美は、フレキシビリティーと、無限のヴォキャブラリーにあるんじゃないかな。そして英語詞は、歌われたときの流れ方が非常に美しいと僕は思っているよ」 

 


Hostess Club Presents Sunday Special
日時/会場:2016年4月10日(日) TOKYO DOME CITY HALL
開場/開演:12:00/13:00
出演:トラヴィス/ベン・ワット・バンドfeat.バーナード・バトラー/ジョン・グラント/ラプスリー
チケット(税込/1D別):スタンディング/8,500円、指定席/9,500円
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