ジェイコブ・コリアーが、9月2日(金)・3日(土)にブルーノート東京で早くも再来日公演を行う。今年3月の初来日時では、YouTubeで話題を集めたアカペラ&楽器演奏の多重録音ビデオを、〈ワンマン・オーケストラ〉というべきパフォーマンスでそのまま再現し、大入りのフロアから拍手や歓声が鳴り止まなかったのも記憶に新しい。そして今回は、7月にリリースされた初のアルバム『In My Room』を引っ提げてのライヴということで、さらなる進化を遂げたステージを期待できるはずだ。Mikikiでは前回公演時に引き続き、音楽ジャーナリスト/ライターの原雅明がメール・インタヴューを実施。音楽の未来を担う、94年生まれの天才に迫った。 *Mikiki編集部

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JACOB COLLIER In My Room Membran/Pヴァイン(2016)

 

〈一人〉というのがジェイコブ・コリアーの音楽のキーワードだ。一人でヴォーカルも含めてあらゆる楽器を演奏し、多重録音で音楽を作る。プロデュースも自分一人だ。さらにライヴまでも一人だけの演奏で実現してしまう。さまざまな楽器をこなしてマルチな才能を発揮するミュージシャンは珍しくはないし、多重録音やセルフ・プロデュースもいまや目新しいことではない。ただ、ライヴまで一人、というのはなかなかない存在だろう。 

クインシー・ジョーンズのレーベル=クエストから今年7月にリリースされたデビュー・アルバム『In My Room』も、そのタイトル通り、自宅の部屋ですべてが録音された。ヒップホップやテクノのプロデューサーがベッドルームから途轍もないサウンドを生み出すのと同じように、ジェイコブも部屋のみで完結する理想的なシステムを作り上げて、驚くべきサウンドを作り出している。

アルバム・タイトル曲でもあるビーチ・ボーイズのカヴァーと、スティーヴィー・ワンダーの“You And I”、それにホイト・カーティンが作曲したTVアニメ「原始家族フリントストーン」のテーマソング“Flintstones”の3曲以外はすべてオリジナル楽曲だが、ジェイコブの音楽には多様な音楽からの影響が窺える。それは彼の部屋が録音の場であるだけでなく、良きリスリング・ルームでもあるからだ。レコードをディグし続けるプロデューサーと同じように、彼はさまざまな音楽を聴き込み、特徴を捉えてみずからの音楽に反映させてきた。ただ、従来のプロデューサーと違うのは、コンピューターやほかのミュージシャンを頼るのではなく、すべて自身の生身の演奏で成立させてしまっていることだ。

何がそこまで、〈一人〉ということを徹底させるのか。本人の口からはJ・ディラフライング・ロータスの名前もフェイヴァリットとして挙がっているが、ベッドルームの孤独なプロデューサーたちが生み出した音楽も経てきたがゆえに、ジェイコブ・コリアーの現在はあるのだろう。間もなく来日公演(当然また一人だ)を控える彼の、この最新インタヴューからもそうしたスタンスは窺えることと思う。

“In My Room”は制作環境を表現するのにぴったりだと思った

――クインシー・ジョーンズとの出会いから、『In My Room』の制作に至った経緯について教えてください。

「ここ数年、僕はロンドンにある自宅の部屋で収録したビデオをYoutubeにアップしていたんだ。そのうちの一つをクインシー自身が見つけて、僕に連絡を取ってきたのさ! 『In My Room』では、部屋にこもって僕一人で作り上げた、マジカル・ワールドを表現したかったんだ」

――『In My Room』を制作するときに、立派なスタジオで制作する選択肢もあったかと思います。それでも、自分の部屋での制作を選択したのはなぜですか?

「一番リラックスして、なおかつクリエイティヴになれる空間が自分の部屋なんだ。それに自分の家だしね! 僕にはプロデューサーや他のミュージシャンも必要ないから、自分の部屋でレコードを行うのは理に適っているんだ」

――3か月でこのアルバムを仕上げたそうですが、それは十分な時間でしたか?

「そうだね。すごく大変な3か月だったけど、ちょうど良い時間だったとも思う。本当によく働いたよ!」

――1曲を仕上げるのにどのようなプロセスを経ているのか、詳しく説明してもらえますか?

「時と場合によるよ。グルーヴやメロディーから作りはじめることもあるし、ハーモニー進行から思い付くときもある。あとでスタジオに持ち込めるように、旅行中や外出中に思い付いたアイデアを自分の携帯に録音しておく。これがいつもの自然な流れかな」

――アルバム・タイトル曲であるビーチ・ボーイズの“In My Room”をカヴァーした理由を教えてください。また、ビーチ・ボーイズやブライアン・ウィルソンからはどんな影響を受けましたか?

「ブライアン・ウィルソンはいつだって僕のヒーローなんだ。彼のハーモニック・ランゲージは、1950年代に活動していたアカペラ・グループのフォー・フレッシュメンや、彼が革命を起こすのにも一役買った、当時主流の音楽カルチャーに由来している。“In My Room”は、自分自身でいられるスペースを持つことについて歌われている。僕の制作環境を表現するのにぴったりだと思って、アルバムのタイトルにしたんだ」

――スティーヴィー・ワンダーの“You And I”をカヴァーした理由を教えてください。彼の音楽からは大きな影響を受けていると思いますが、それについても改めて教えてもらえますか。

「スティーヴィーはあらゆる意味で、オール・タイム・ヒーローの一人だね。彼の音楽には喜びやキャラクターがあるし、ハーモニーやメロディーも世界的に類を見ないものだと思う。彼の人間性にも、とてもインスパイアされるよ。“You and I”はフェイヴァリットの一つ、完璧なソングライティングの結晶だね」

すべての演奏を一人で行うライヴをずっと夢見てきた

――あなたの部屋は音楽を制作するだけではなく、たくさんの音楽を聴き、研究する場でもあると、『In My Room』のセルフ・ライナーノーツに書いてありました。どんな音楽を聴き、どんなことを学んだのか、具体的に説明してもらえますか?

「ここ数年間で、自分の部屋やツアーの移動中に、何百枚ものアルバムを最初から最後まで聴き込んだ。それが僕の知識とインスピレーションの源だね! 僕はできる限りすべてのアルバムを買う。それに、あの部屋では本当にいろんなことを学んだよ。例えば、異なるハーモニーやグルーヴ、メロディーを型に囚われない形で作り上げる方法とかね」

――あなたは楽器の演奏もさることながら、ヴォーカリストとしても魅力があります。ヴォーカルはどのように学んで、いまのスタイルを作り上げていったのでしょうか?

「僕はいつだって、人間の声がもっとも重要な楽器だと思っているんだ。なぜなら、最高の伝達手段だし、音色やレイヤーについても多様な可能性を秘めている。だからシンガーだけでなく、楽器奏者に対しても、〈歌〉からどんなインスピレーションが得られるのか訊いたことがある。僕は〈声〉という楽器を操ることで、ハーモニーやリズム、もちろんメロディーだって一度に奏でることができるんだ」

――マサチューセッツ工科大学(MIT)と共に開発したというテクノロジーによって、既成の機材では実現できなかったライヴ表現を可能にしたのだと思いますが、それについて教えてください。

「この1年半の間、MITのベン・ブルームバーグと一緒に取り組んでいるんだ。最初に作り上げたのは、ライヴ・パフォーマンス中にいくつものハーモニーを一度に作り出すことができるヴォーカル・ハーモナイザー。あと、僕がすべての演奏を一人で行うワンマン公演も一緒に作り上げて、去年からツアーを回っている。ベンは夢のコラボレーターだし、大切な友人でもあるんだ」

――前回の来日公演でも、たった一人で演奏しているのに、まるでバンドがいるような演奏で驚きました。あのスタイルを築くまでに、どのようなプロセスがあったのでしょう?

「〈自分の部屋で何が起こっているかを伝える第一人者〉として、ワンマン公演が実現する日をずっと夢見てきた。そして、ベンと一緒に長い時間を費やしながら、僕の夢を実現させるために試行錯誤を重ねてきたんだ。サウンドをループさせようにも、あまりにも大量のツールが出回っているし、テクニカルな面での困難も絶えなかった。でも、昨年を通じて、進歩を確かめることができたのはスペシャルな経験だったよ」

――あのスタイルのライヴ演奏において、留意していることは何でしょうか?

「パフォーマンスするときは、あくまで考えすぎないようにしているよ。他の物事に関してもそう。テクノロジーや他の何かに気を取られてストレスを感じるよりも、無闇に考えすぎず、人間らしい音楽を作るほうが重要だからね。音楽は夜を重ねるたびに変わっていくし、そうやってライヴ・ショウが成長していく過程が自分にとっての楽しみでもあるしさ」

――いろいろな楽器をプレイできて、一人で音楽を作れる人でも、ライヴではバンドを編成して演奏するのが従来のスタイルでした。あなたがライヴまでも一人でやることにこだわる理由は何でしょうか?

「自分だけの世界観をどれくらい(部屋から)持ち出せるのか、それが現実の世界でどのくらい通用するのか――とても興味深いチャレンジだったよ。将来的には、ほかのミュージシャンとも一緒に何かできたらと考えているけど、今回のアルバムをプロデュースから演奏まで一人で行ったのと同じように、ライヴでも自分だけで音楽をデザインし、クリエイトする挑戦に取り組もうと思ったんだ。それにヴィジュアル面も含めて、刺激的なマルチメディアの要素もあるからね」

――ミュージシャンではなくプロデューサーとして、自分に影響を与えた人は誰ですか?

「ブライアン・ウィルソンやフライング・ロータスと同じように、J・ディラはとっても僕にとって重要なんだ。普通とは違うやり方でサウンドの実験に挑んだり、それを前提にしてグルーブを生み出す人たちが大好きなんだ。それに誠実で、オープンで、温かいサウンドを作る人も大好きだよ」

J・ディラの2006年作『Donuts』収録曲“Last Donut Of The Night”
 

――共演や参加予定のレコーディングなど、最近の動向について教えてください。

ハービー・ハンコックの新しいアルバムに参加しているんだ。フライング・ロータスにサンダーキャットウェイン・ショーターロバート・グラスパーも参加している。すごく楽しみ!」

※ハービー・ハンコック・クァルテットの来日公演が8月31日(水)、9月1日(木)にブルーノート東京で開催。詳細はこちら

――最後に、今回の来日公演はどのようなものになりそうですか?

「僕のデビュー・アルバムに収録した新曲を、今回の公演を通じて、まったく新しい方法でみんなに紹介できると思う。楽しみでしょうがないよ!」

 


ジェイコブ・コリアー来日公演
日時/会場:
2016年9月2日(金)、3日(土) ブルーノート東京
開場/開演:
〈9月2日(金)〉
・1stショウ:17:30/18:30
・2ndショウ:20:20/21:00
〈9月3日(土)〉
・1stショウ:16:00/17:00
・2ndショウ:19:00/20:00
料金:自由席/6,800円
※指定席の料金は下記リンク先を参照
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