幻想的な癒しの音世界と神秘的な歌声で聴く者を包み込んできたボン・イヴェール。実に5年ぶりとなったニュー・アルバムは、数字の導く野心的な内容になっているぞ!

 

新しいと思えること

 「物語を語る新しい方法を見つけたかったんだ。最高の物語というのはいつだって、虚構の世界と知りながらも一時的に本物だと信じてしまうことだったりするからね。まず最初は、新しいサウンドを試してみるのがすごく楽しくてやっていたんだ。それに、新しいサウンドが鳴っていると思えるのも、すごく大事だった。例えば昔は、ギターでGコードを弾いたりして、それだけでブーン!と曲が思い付いたりしたんだ。でも、それを長いことやっていたから、他のサウンドにも興味が沸き出したんだよね。だから、今回は違うタイプの閃きを求めていたんだ。それで、この数年に出来たものを見ながら、それらの曲がいかに共存するのか考え、さらにそこからどうやって〈新しい〉と感じられるものを作れるのかを考えたんだ。〈新しい〉と思えたら、すごく嬉しくなったしね」。

BON IVER 22, A Million Jagjaguwar/HOSTESS(2016)

 カニエ・ウェストが“Woods”をサンプリングし、その後の頻繁なコラボレーションが新鮮な驚きをもって受け止められたというのも、もはや昔話のように思えてくる。ただ、いわゆるUSインディー・シーンとの結び付きがヒップホップでのトレンドとなって以来の、ぼんやりとした品の良いコンペティションは現在も続いている。その意味でボン・イヴェールは先駆者的な存在だったとも言えるだろう。決定的な一枚となった『Bon Iver, Bon Iver』から5年、いまや当然のように渇望と期待を浴びながらサード・アルバム『22, A Million』が届けられた。

 そうでなくてもグリズリー・ベアフリート・フォクシーズらと並び称されてきたわけだが、この数年でボン・イヴェールの歌はさらに浸透し、この世代のUS音楽界を代表するシンガー・ソングライターとしての人気と評価を確立している。バーディネクスト・コレクティヴピーター・ガブリエルらが楽曲を取り上げ、最近の例としてもハイアズアカイトメイヴィス・ステイプルズのカヴァーを思い出すのは容易だろう。もちろんその間にも中心人物のジャスティン・ヴァーノンは客演やプロデュース活動を積極的に続け、別プロジェクトでのリリースも継続。一方で久々にツアーも行い、今年の始めにはついに初来日も果たしている。そんなマイペースな流れから生まれたのが、今回の新作というわけだ。

 本人も話す通り、このアルバムは新しさや変化を求めたもの。ゆえにサウンドの方向性も幻想的な風景画のようなタッチから、エレクトロニックな画材による抽象的な筆捌きが際立っている部分も多い。そのように過去のボン・イヴェール像を破壊するようなプロセスについての説明は、ジャスティンによるとこうだ。

 「いま“10 d E A T h b R E a s T ⚄ ⚄”というタイトルになっている曲は、長いこと“Lester Check”という名前だったんだ。友達のベン・レスターが手伝ってくれたからね。それでこの曲には随分前から、BJバートンのドラム・ループがあって、それがすごく壊れたようなサウンドだったんだ。ちょっとぐちゃぐちゃな感じでね。ただ、自分がその頃に体験していたことにも、自分の周りの人たちの体験にも、〈不安〉というものがたくさんあったんだ。だから、何かを壊したい衝動に駆られていた。押し潰したくなったのさ。アグレッシヴな音の出るようなことをしたくなったんだよね。自分でそのことに気付いた時には、実はアルバムはもう3年前くらいからあったんだけど、その音を中心にして曲を組み立てていきたくなったんだ。これは新たな素材を壊しているようなサウンドがする、って思えたからね。その時に、どういう方向に向かうべきなのかわかったんだ」。

 

トゥー、トゥー

 初作『For Emma, Forever Ago』(2007年)がプライヴェートな喪失感から生まれたことを思い出せば、この率直さこそがボン・イヴェールなのだと頷く人もいるかもしれない。アルバム最初の歌詞は「本当に悪い時期で、自分自身を見つけ出そうとしていた」時期にギリシャの島を訪れて録ったのだという。

 「海に囲まれた島を一週間くらい歩き回っていたら、結局退屈してパニックにばかりなっていた。すごく惨めな気持ちになって、部屋に戻りながらハミングをしていたんだけど、その時に〈It might be over soon〉と歌っていたんだよね。こんな気持ちになるのはもう終わるかもしれない、って。それで部屋に戻って即興で今回アルバムを作るのにたくさん使ったOP1っていう小さなサンプラーを使ったんだ。そのサンプラーは、音を切り刻むような効果があって、それで、切り刻んでいたら、〈トゥー、トゥー〉って音が出た。僕の好きな数字は〈トゥー・トゥー(22)〉なんだ。二面性とか、パラドックスを思い出すし、コインには両面があるし。それが〈It might be over soon〉とは完璧な繋がりがあるように思えた。〈もうすぐ終わりかもしれない〉という思いと、〈永遠に続いて欲しい〉という願いの両方を反映しているように思えたから。それが始まりだったんだ。まあ、そこからまた違うアイデアが浮かぶまでにはまた何か月もかかったわけで(笑)、その11秒間のサンプルをその先しばらく聴き続けなくちゃいけなくて、かなり苛ついたよ。でも、その時にこのアルバムは数字で括ろうと思えたし、〈22〉は自分についてなんだと思えたし、そこから発展していったんだよ。例えば、“715 - CRΣΣKS”の〈715〉は、オークレアの市外局番。最初の“22(OVER S∞∞N)”はいちばん好きな数字で、“00000 Million”が終わり。〈ミリオン〉というのは、僕にとって〈それ以外のすべて〉〈理解不能なすべて〉という意味なんだ。100万の点を描ける人もいないと思うしね」。

 文字化けかと勘違いされそうな曲名も含め、いまのジャスティンはそういう見え方を気に入っているようだが、幻想的な音世界が断絶されているわけではないし、厳かで古めかしいゴスペル的なコードも導入するなどして、さらにホーリーな美しさを纏ったヴォーカルの麗しさについては言うまでもないだろう。なお、先行で公開された“33 "GOD"”ではジム・エド・ブラウンのカントリー・ソング“Morning”とパオロ・ヌティーニの“Iron Sky”をサンプリングし、また、相手の希望でクレジット表記はないものの“10 d E A T h b R E a s T ⚄ ⚄”はスティーヴィー・ニックスの動画から声を拾っているとのことだ。

 最初期からのショーン・キャリーはもちろん、前作の立役者であったマイケル・ルイス、そしてアルバムを作った縁からステイヴスの面々もメンバーに迎え、またもや世界を魅了しそうなボン・イヴェール。その美しさはジャスティンの望む〈新しさ〉を伴って、ここからまたマイペースに進化を繰り返すのだろう。