If I Rule The World,
いまなお新たな評価軸が生まれる、ナズと『Illmatic』の20年
海外の音楽サイトをチェックしていると、ナズのファースト・アルバム『Illmatic』のリリース20周年に合わせた特集記事が連日のように目に飛び込んでくるが、それらのなかで特に印象的だったのは、〈『Illmatic』よりも(96年にリリースされたセカンド・アルバムの)『It Was Written』ほうが良いと言われることに喜びを感じる〉というナズの発言だ。これはデビュー・アルバムにして瞬く間に歴史的名盤のステイタスを獲得した『Illmatic』が彼のキャリアにおいていかに重い十字架になっていたかを物語る非常に興味深い告白だが、このコメントでは同時に、最近になってナズのディスコグラフィーの捉え方が大きく変わってきていることもほのめかされている。2006年、ルーペ・フィアスコが『Food & Liquor』を引っ提げてデビューしたときに「『It Was Written』こそがクラシックなんだ」と主張していたのをよく憶えているが、いまの若いラッパーたちにとっては必ずしも『Illmatic』が絶対ではないのだ。
ナズの94年作『Illmatic』収録曲 “It Ain’t Hard To Tell”
たとえば、スクールボーイ・Qはルーペと同じように「『Illmatic』よりも『It Was Written』のほうが優れていると思う」と言い切っているし、J・コールがナズに宛てた“Let Nas Down”(2013年)の一節〈I used to print out Nas raps and tape ’em up on my wall/My niggaz thought they was words but if was pictures I saw/And since I wanted to draw(子供のころナズのラップをプリントして部屋の壁に貼っていた/友達はみんなただの言葉の羅列だと思っていたみたいだけど俺にしてみればあれは写真だった/俺もいつかあんなラップを書いてみたかった)〉にある〈壁に貼っていたナズのリリック〉とは『It Was Written』収録の“I Gave You Power”のことだったりする。こんな調子で例を出していくとキリがないけれど、タイラー・ザ・クリエイターとキッド・カディは『God’s Son』(2002年)を、一昨年のファースト・アルバム『Good Kid, M.A.A.D. City』がさんざん『Illmatic』と比較されたケンドリック・ラマーは『Stillmatic』(2001年)をフェイヴァリットなナズ作品として挙げている。
J・コールの2013年作『Born Sinner』収録曲 “Let Nas Down”
もちろん、その一方ではエルザイ『Elmatic』(2011年)やファショウン『Ode To Illmatic』(2010年)といった『Illmatic』のトリビュート・アルバムが次々とリリースされているし、ジョーイ・バッドアスの“Sweet Dreams”や“Hardknock”(2012年)、プロ・エラの“Like Water”(2012年)、エイサップ・ナストの“Trillmatic”(2013年)など、90年代のヒップホップに憧憬を抱くNYの新世代の作品からはそこかしこに『Illmatic』の断片を確認することができる。『Stillmatic』がお気に入りのケンドリックにしても、「『Illmatic』に出会うことで自分なりのテーマを見つけられた」とその影響を認めている。それはきっと、“Villematic”なんて曲を作っているJ・コールにしても同様だろう。
つまり、『Illmatic』は依然として〈神アルバム〉ではあるが、リリースから20年の歳月を経てようやく冷静な評価を下せる環境が整ってきた、ということだ。シングル曲の貴重なリミックス・ヴァージョンのほか、DJホット・デイとのコンビで知られるクイーンズブリッジのヴェテラン・プロデューサー=ジェイ・シュプリームが手掛ける“I’m A Villain”、そしてボビー・ハッチャーソン“Rain Every Thursay”に乗せた〈The Stretch Armstrong And Bobbito Show〉での鮮やかなフリースタイルなど、デビュー直前に残した生々しい未発表トラックも収めたアニヴァーサリー・アルバム『Illmatic XX』の登場は、このあまりに神格化された作品をフラットな視点から再検証する絶好の機会になるだろう。
ナズの94年作『Illmatic』収録曲“N.Y. State Of Mind”のライヴ映像
▼ナズの〈クラシック〉を一部紹介
左から、96年作『It Was Written』(Columbia)、2001年作『Stillmatic』(Ill Will/Columbia)
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▼文中に登場した関連作品
左から、J・コールの2013年作『Born Sinner』(Roc Nation/Columbia)、ケンドリック・ラマーの2012年作『Good Kid, M.A.A.D. City』(Top Dawg/Aftermath/Interscope)、エルザイの2012年作『Elmatic』(The Jae.B Group)
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