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まさにobscureな、どこか薄暗くぼんやりとしたポートレートが意味するところ

 そして、イーノの作品は、コンセプトともうひとつ、システムの側面からとらえられなければならない。イーノ自身も指摘するように、それは自動生成的(generative)ということである。“Discreet Music”は、最初は1973年のキング・クリムゾンのロバート・フリップとのデュオ、フリップ&イーノのためのシステムとして登場した、2台のオープン・リール・テープレコーダーを使用したテープ・ディレイ・システムによって制作されている。もともとはテリー・ライリーが用いていた反覆システムであるが、これをフリップの演奏するギターの音を遅延、重畳、反覆させるための装置として用いられ、イーノは装置のマニュピレーターとして作品に関わる。その意味で、イーノの関わり方はきわめて〈discreet(ひかえめ)〉なのであり、この装置が〈ひかえめな〉システムであることをイーノ自身も強調していた。だから、のちにフリップがこのシステムを自身のパフォーマンス・システムとして使用した際に〈フリッパートロニクス〉と命名したようなことを、フレッド・フリスは批判したのであった。

 『Discreet Music』のライナーには、あるプログラムをセットし、一度それをスタートさせたら後はほとんど干渉せずに音楽を作り出せるようなシステムに関心を持ち続けてきた、と書かれている。それは音楽家として音楽を作曲したり、演奏したりすることから、企画者やプログラマーへと自身の役割を変更させることであり、最終的には、観察者となって音楽のなりゆきを見届けるように、音楽を楽しむことなのだという。イーノは新作においても同様に、「作曲家としての私の役割は、一つの場所に、複数のサウンドやフレーズを集め、それらに何が起こるのかというルールを設けること。それから全体のシステムを作動させ、何が生じるかを確認し、満足がいくまで、サウンドやフレーズ、ルールを調整する」ことである、とある意味では40年以上変わることなく言う。そして、そのようにして生み出される音楽は、「システムを作動させる度に異なる結果をもたらす。あなたが手にすることになる作品は、それらの結果の一つなのだ」と言う。ジェネラティヴ・ミュージックは、イーノがやはり、長きに渡って取り組んできたシリーズのひとつである。それは、イーノが制作したiPhone用アプリケーション「Bloom」「Trope」「Air」といった、自身を包み込む環境として、生成変化し続ける、携帯し、身に纏う音楽という新たなコンセプトにまで発展展開された。

 さて、この新作『Reflection』で、イーノはタイトルのとおり、ずいぶんと自己省察を行なっている。これまでのイーノがこれほどまでに自己の過去作品をレファレンスとして語ることはなかったのではないか。もちろん、自己の反覆のような姿勢はかけらもないのだが。ジャケットにもイーノのポートレートが使用されているが、それはどこか薄暗くぼんやりとした(まさしくobscure)ものだ。そして、当初は自分のために制作していたという、一連のシンキング・ミュージックを、そうした省察のための音楽として共有したい気持ちが芽生えたのだという。イーノの最初のソロアルバム『Here Come The Warm Jets』には“Driving Me Backwards”という曲が収録されているが、現在のイーノはどこか自身の個人史を遡ることに駆り立てられているのだろうか。

 イーノは、アーティストを農耕民族と狩猟民族のふたつのカテゴリーに分類し、アンビエントあるいはシンキング・ミュージックといったコンセプトが40年以上にわたって続けられ、いまなお展開されている、という事実を受け止めつつ、狩猟民族的であったと思われていた自身の性質を、農耕民族的であるとし、その認識を変更する。新しいジャンルを開拓し、忘れられていた手法を再発見し、現在の先鋭的音楽コンセプトの多くを生み出してきたイーノは、自己省察によってなにを発見するのだろうか。

 


PROFILE: Brian Eno(ブライアン・イーノ)[1948-]
1948年生まれ。ウッドブリッジ出身。作曲家/音楽プロデューサー。70年にロキシー・ミュージックにシンセサイザー奏者として参加し73年脱退。その後、実験的要素を含んだ独自の環境音楽を展開。プロデューサーとしてデヴィッド・ボウイやトーキング・ヘッズ、U2など多く手掛け、アンダーワールドのカール・ハイドとの共作も発表。2014年にアンダーワールドのカール・ハイドとの共演作『Someday World』を、2016年にオリジナル・フル・アルバム『The Ship』を発表。

 


寄稿者プロフィール
畠中実(Minoru Hatanaka)
1968年生まれ。NTTインターコミュニケーション・センター(ICC)主任学芸員。多摩美術大学美術学部芸術学科卒業。1996年の開館準備よりICCに携わる。主な企画には「みえないちから」(2010年)、「[インターネット アート これから]――ポスト・インターネットのリアリティ」(2012年)など。ダムタイプ、明和電機、ローリー・アンダーソン、八谷和彦、ライゾマティクス、磯崎新、大友良英、ジョン・ウッド&ポール・ハリソンといった作家の個展企画も行なっている。