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ドゥニ・ヴィルヌーヴ作品での物語と連動する劇伴

以前、「ボーダーライン」の音楽について調べていたときに〈なるほど〉と思ったのが、ドゥニ・ヴィルヌーヴがヨハン・ヨハンソンに劇伴を頼むとき、テンプ・トラック(既存の曲を劇伴が必要な場面に借り当てすること)を用意してなかったということだ。テンプ・トラックの使用については、しばしばそれに劇伴が従いすぎて退屈なものができあがってしまうと批判されることがあるが、彼らはそういった風潮とは無関係のところにいる。実際、「ボーダーライン」の劇伴は刺激的だった。本作でポイントとなっていることの一つは打楽器だ。“The Beast”の音源を聴けばわかるように、獣の足音のような独特の音色のビートが極めてアグレッシヴだ。このサウンドを作るために彼は、スロッビング・グリッスルをはじめとしたインダストリアル・ミュージックを参照したらしい。ちなみにこの楽曲は、下の動画を聴けばわかるようにヘリコプターの回転翼の動作音と連動するような形で使われていて、なかなかに気が利いている。

また、オーケストレーションもかなり工夫を凝らしていたようだ。彼は55人ものオーケストラと共に録音をおこない、次にそれをデジタル処理して加工するというプロセスを採用した。彼のここでのオーケストレーションは旋律を重視したものではなく、どちらかといえばテクスチャーを追求したものになっており、ドローン的でもある。これは本作に限らず、ヨハン・ヨハンソンの特徴でもあり、彼がスペクトル楽派(音響をコンピューターによって解析することでそれを作曲などに取り入れる現代音楽の流派)、特にジェラール・グリゼーから影響を受けていることが一因として考えられる。

「メッセージ」の劇伴は、声楽的な要素が色濃く出ていることが特徴として挙げられる。ヴォーカル・アンサンブル、シアター・オブ・ヴォイセズを起用したヨハンは、スタッカートの効いたヴォイス/ヴォーカルがポリリズミックに進行するサウンド・デザインを採用したが、これは「2001年宇宙の旅」(68年)におけるリゲティ・ジェルジュの楽曲に見られた、トーン・クラスター的な声楽と距離を取るためだったという。メレディス・モンクの声楽にも通じるようなそのサウンドは、リゲティに対してのあえて裏を行くオマージュでもあったというわけだ。

「メッセージ」は、エイリアンの文字を解読してゆくプロセスがメイン・プロットのひとつなのだが、エイリアンの円形の文字を観たヨハンは、劇伴にループを取り入れることにしたらしい。この映画の劇伴に耳を澄ませれば、ピアノやヴォイス/ヴォーカルがループしていることに気付く人もいるだろう。映画から得た直接的なイメージを音楽化する、という試みを彼は行っているのだ。「メッセージ」においてループは、文字の形象に尽きる話ではなく、物語の根幹にも関わってくるものなので、そういった意味でもこの劇伴は優れている。他にもエイリアンが登場したシーンで、エイリアンが発する音と連動するように劇伴が作られている部分もあり、それは先述した「ボーダーライン」のヘリのシーンでの試みと連続性がある。