トレント・レズナーの横に立つ男は誰だ? なぜ彼はここへきて自分以外の人間をメンバーに迎えたのか? 悪夢は続くのか? 新たな革命が始まるのか?――すべての答えはこの『Bad Witch』のなかにある!
新体制でのリスタート
2008年に再始動し、2013年8月末に復帰第1弾となる8枚目のアルバム『Hesitation Marks』を放ったナイン・インチ・ネイルズ(以下:NIN)は、リリースに先駆け、同年の〈フジロック〉にヘッドライナーとして出演。豪雨のなか、稲妻さえも演出の一部のように思わせた凄まじいその時のステージは、日本のフェス史上に残る伝説として語り継がれている。
その後、ザ・フーやディアンジェロらとの仕事で名高いヴェテラン・ベーシストのピノ・パラディーノや、ローリング・ストーンズのバック・シンガーとして知られるリサ・フィッシャーといったミュージシャンを従え、総勢8人編成による北米ツアーを行い、さらに翌年2月には単独での再来日公演も実現。3日間に渡って繰り広げられた新木場Studio Coastでのライヴは、一転して半数のメンバーにシェイプされたことで柔軟性を増し、毎晩ガラリと変わるセットリストや、トレント・レズナーの妻であるマリクィーン・マンディグが登場してハウ・トゥ・デストロイ・エンジェルズのナンバーをサプライズ演奏するなど、これまたスペシャルな場面が満載の内容となる。
この年には、トレントが音楽を担当したデヴィッド・フィンチャー監督作品としては3本目となる映画「ゴーン・ガール」も公開。以降も彼は「地球が壊れる前に」「パトリオット・デイ」などのサントラを手掛け、スコア作家としても着実にキャリアを積み重ねていった。
それらのサントラがアッティカス・ロスとの共同名義で作られていることはご存知の通り。ロンドン生まれのマルチ奏者/プロデューサーで、コーンやコヒード&カンブリアらの作品にも関与してきたアッティカスは、もはやトレント作品になくてはならない存在だ。そんな彼が2016年、NINに正式メンバーとして加入する。これまでにも数多くの優秀なミュージシャンからサポートを受けてきたものの、89年のデビュー以来、一貫してトレント個人のプロジェクトであり続けたNINが、初めてデュオ編成になったことは密かに重要な変化だと言えよう。
アッティカスを迎えた(と言っても、彼は2005年作『With Teeth』からずっとレコーディングに参加し続けているのだが……)NINは、2016年12月に『Not The Actual Events』、翌年7月に『Add Violence』と題された各5曲入りのEPを発表する。さらに、同時期に過去の作品をヴァイナル限定でリイシューし、その一環で『The Fragile』(99年)収録曲の未発表インストゥルメンタル・ヴァージョンから成る『The Fragile: Deviations 1』もリリース。この5年間、2度のツアーも含めてNIN並びにトレント・レズナーの話題に事欠くことはなかった。
スピード感を持ち込んで

そうしたなか、このたびニュー・アルバム『Bad Witch』が到着。もともと EP3部作の最終章として位置付けられ、昨年末にリリースされるはずだった今作は、やがて既発のEP2作品と合わせた長編のアルバムに再構築するという構想のもと、レコーディングが進められていたようだ。しかし『Not The Actual Events』の発表後、いくつかのフェスに参加したりしているうちに(アッティカスも初めてNINのステージに上がった)、当初の予定は少しずつ形を変えていく。
結局『Bad Witch』の解禁は予定より半年ほど遅れ、EPではなくアルバム・サイズとなった。収録トラックは全6曲で、トータルタイムは30分。〈9枚目のアルバム〉とカウントされているものの、短くまとめられた作品であることに変わりはない。それでも基本的なラインを引き継ぎつつ、あきらかに先のEPとは違った印象をリスナーに与えてくれる。『Not The Actual Events』と『Add Violence』は、興味深い楽曲を含みながら同時にどこか習作というか、手探りな雰囲気も感じさせた。それに対し、『Bad Witch』は完全に振り切れている。実際、昨年の〈I Can't Seem To Wake Up〉ツアーを追えてスタジオに戻ったトレントには、はっきりと意識の変化が起きていた。「ショウの勢いを維持したまま戻ってきて、〈さあ、スタートするぞ!〉〈考えすぎず、いろいろ試してみよう!〉というスピード感をこの作品に持ち込もうとした」と語る彼は、自身のなかで確立されていた安定的な手法に頼らないところまで突き抜けてみせたのだ。
冒頭の2曲はキャリア史上でも最高と言い切れるほどパンクな勢いに満ちたナンバー。しかし、単にシンプルでキャッチーなだけでなく、非常に練られたノイズ音はNINならではだ。続く3曲目の“Play The Goddamned Part”は、歪んだベースに乗っかってサックスのブロウがひたすら重ねられていく実験色の濃いインストで、トレントみずからがこのサックス・パートを演奏している。ハイスクール時代はブラスバンドに在籍し、サックスを担当していた彼にとって、言わば昔取った杵柄。ただし、デビュー作『Pretty Hate Machine』のために用意されていたもののボツになり、ブートレッグで出回ったことからファンの間で人気の高い“Purest Feeling”や、前作『Hesitation Marks』収録の“While I'm Still Here”とは異なるスタイルでのフィーチャリングだ。それは憧れのデヴィッド・ボウイが遺作『★』(2016年)で見せた新しいジャズへの接近を、〈俺ならこうやる!〉と提示したように思えてならない。そして、これまたフリーキーなサックスが肝となるドラムンベース調の先行シングル“God Break Down The Door”を挿み、5曲目の“I'm Not From This World”もほぼインスト。最終曲“Over And Out”もイントロから3分近く歌い出さないという攻めた内容で、ゾクゾク感で言えば間違いなく3部作で『Bad Witch』がダントツに高いだろう。ベース・ミュージックやヒップホップなどを取り込んで前進しようとしてきた近作での試みと、サントラ仕事で培った映像喚起力の高いサウンド・プロダクションが合わさり、ここに大きな成果がもたらされたのだとも感じる。
年齢を重ね、経験を積みたトレント・レズナーが、活動の軸であるNINに初めて自分以外の人間をパーマネントなメンバーとして迎え入れ、原初的な激しい衝動を取り戻し、聴き手の横っ面を張り倒すような痛烈なアルバムを完成させた。この『Bad Witch』をもってNINは新章に突入する。今夏の〈SONICMANIA〉では、いまNINに何が起こっているのか、しっかりと生で確認したいものだ。 *鈴木喜之
ナイン・インチ・ネイルズのアルバム。

デヴィッド・フィンチャー映画には欠かせない存在となったトレント&アッティカス製のスコア。過去の仕事と比べて音数を絞った同サントラは、ドローンやピアノの単音を徐々にずらしながら淡々と不安を煽っていく内容に。

スロッビング・グリッスルの元メンバーが率いたコイルとの連名によるこのEPは、コイル製のNINリミックスをまとめたもの。“Closer”など初期の代表曲が、ゴシックな雰囲気を湛えたミニマルな陰鬱アンビエントに生まれ変わっています。

アッティカスの加入のほか、デイヴ・グロールやデイヴ・ナヴァロもサポートするなどトピックの多い3部作の第1弾EP。シンプル&ヘヴィーなバンド・サウンドに振れていて、特に冒頭2曲のアップ・チューンは『Bad Witch』の出だしと通じるかも。

PSBのドキュメンタリー番組のサントラ。『Not The Actual Events』から一転して物悲しいピアノで全編を静かに覆い、ヴェトナム戦争末期の閉塞感を表現しています。NINの作品中では『Ghosts I–IV』に近い質感。

3部作の第2弾はニュー・オーダーへの憧れを込めたシンセウェイヴでキャッチーに始まるも、以降は難解な世界へズブズブ……。なかでも、OPN的なノイズ・コラージュのなかで独り言のようにボソボソ歌い続ける12分近いラスト曲がヤバイ。

トレント&アッティカスが監修し、自分たちのスコアにグスタヴォ・サンタオラージャやモグワイからの提供曲も交えたサントラ。自然の神秘や美しさを感じさせるヒーリング・ミュージック集で、この耳触りの優しさは過去のトレント作品にはありません。

EDM宣言するなど、意欲的な活動を続ける近年のトッド。彼の最新作に招かれたトレント&アッティカスは、得意のドローンを使ってデジタル社会の行く末を警告。ロビンやデイム・ファンク参加のパーティー・チューンの狭間で不気味な光を放っています。
『Bad Witch』が当初の計画から大幅に変更された理由を探る
ファクトリー・フロアやデムダイク・ステアを中心に、〈ポスト・インダストリアル〉なるムーヴメントが注目を浴びるようになってから5年が経過し、例えばテイラー・スウィフトもインダストリアルに手を染めるなど、一過性のトレンドではなくスタンダードなものとして工業ノイズが音楽シーン全体に広く浸透している昨今。そんななか、20年の時を経てようやくトレント・レズナーと和解したマリリン・マンソンが最新作『Heaven Upside Down』で『Antichrist Superstar』(96年)への回帰をほのめかしたり、若き日のトレントに多大な影響を与えたデペッシュ・モードとゲイリー・ニューマンがそれぞれインダストリアル・ノイズ炸裂のアルバムをリリースしたり、はたまたスロッビング・グリッスル作品のアーカイヴ化が進んだり、バック・トゥ・ルーツな傾向もより強まってきました。
もちろん、レジェンドたちの周りだけが盛り上がっているわけではありません。NINのツアー・サポートに指名されたエイス・ハッサン(サヴェージズ)による課外プロジェクトのカイト・ベースを筆頭に、UKではホラーズやラー、ドイツではバッド・ストリームやソフト・ムーン、USではア・プレイス・トゥ・ベリー・ストレンジャーズなど、バンド・サウンドを基調にオーソドックスなインダストリアル・ロックを志向するフォロワーの存在が、この動きに拍車をかけているわけです。
そして、2作目『The Downward Spiral』と同じラッセル・ミルズ製のアートワークも好評だった歌ものメインの前作『Hesitation Marks』に続き、NINもまた次の作品を初期音源のような作りにするのでは?と、昨年末の時点では噂されていました。しかし、先のEP2枚から引き離し、リリース予定を遅らせてまで内容を変更。そうなった理由は何なのか? トレント本人は明かしていませんが、天邪鬼な彼のこと、〈時流に沿っていまファンが求める音を出すのは自分の流儀に反する〉と考えたからだろう……なんて私は推測しています。 *山西絵美
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