50年代に残されたポップでエキゾティックなキューバン・エンタテインメントの洗練

BOLA DE NIEVE キューバのピアノ弾き語り 名人一代記 ディスコロヒア (2018)

 ボラ・デ・ニエベを知っている人は、古いキューバ音楽の熱心なファンぐらいだろう。大ヒット曲があったわけではない。いわゆる典型的なキューバ音楽でもない。だから紹介されにくかった。彼の映像は《エル・マニセロ/南京豆売り》や《ママ・イネス》のピアノ弾き語りが残っているが、歌の内容のせいもあって、ちょっと見ではコミカルな芸人さんにしか思えない。しかしこのCDを聴いて、そんな浅薄な思いこみはきれいさっぱり洗い流された。素晴らしい編集アルバムだ。

 1910年生まれの彼は30年代からリタ・モンタネール、レクォーナ・キューバン・ボーイズ、コンチータ・ピケールなどキューバやスペインの人気アーティストのピアニストとして働くかたわらソロ・シンガーとしても録音を残した。このアルバムは50年代の曲を中心に年代順に彼の足跡をたどったものだ。

 1曲目のピアノのイントロを聴くだけで、彼の非凡な才能がよくわかるだろう。ノベルティぽい曲だがユーモアと抒情性が自然にブレンドされた歌声も見事だ。彼はピアノ弾き語りだけで、もしくは少しの打楽器を加えるだけで、驚くほど豊かな世界を描いてみせる。エルネスト・レクォーナ作の《マラゲーニャ》のフラメンコ風の導入部にしても、その背景にあるイベリア半島のアラブ・アンダルース音楽まで連想させるような演奏だ。

 オーケストラ伴奏曲も素晴らしい。収録されているのはメキシコ録音らしいが、50年代のアメリカのスタンダード・ヴォーカルの録音の数々に匹敵する洗練された名曲ぞろいだ。50年代のアメリカのアフロ・キューバン・ジャズに貢献したチコ・オファリルの編曲にいたっては現代音楽的でさえある。ホーギー・カーマイケル、ナット・キング・コール、ハロルド・アーレン、ファッツ・ウォーラーなどが好きな人ならまちがいなく彼の音楽も気に入るだろう。蛇足ながら、前述の《エル・マニセロ》の映像の背後に見え隠れするおやじさんは小説家のアレッホ・カルペンティエールだ。