『Sing To The Moon』の頃のローラ・マヴーラを思い起こさせる注目のシンガー・ソングライター

中村佳穂 AINOU AINOU/SPACE SHOWER(2018)

 セカンド・アルバムにあたる『AINOU』で、初めて中村佳穂の音楽を聴いた。本来はピアノの弾き語り歌手であることは、《永い言い訳》や《忘れっぽい天使》を聴くと、分かる。ただし、か細く震える声で切々と歌われるバラードの後者は、後半に差し掛かると、教会音楽風のコーラスが聴こえてくる。この《忘れっぽい天使》に限らず、アルバムには多重コーラスがフィーチャーされている曲が目につき、デビュー・アルバム 『Sing To The Moon』(13年)の頃のローラ・マヴーラを思い起こさせる。『Sing To The Moon』の頃、とわざわざ断ったのは、この時点のローラはセルフ・コントール権を握っていたからだ。ローラは、ゴスペルをルーツに持ちつつ、バーミンガムのコンセルヴァトワールで正式に作曲を学んだジャマイカ系イギリス人女性歌手。中村佳穂は京都精華大学で音楽を学んだそうだが、中村もローラと同じく、生来の資質だけで音楽を作り上げているシンガー・ソングライターではない。現に『AINOU』は、コーラス・アレンジに加えて、ビートがかなり作り込まれているアルバムだ。

 レミ街の荒木正比呂と深谷雄一らとともに細部まで丁寧に作り込まれたビートは、トラップ以降のヒップホップや同時代のエレクトロとも共振していて、明らかに現代のR&Bやジャズの流れを汲んでいる。そして中村は、複雑な譜割りのリズムの上を綱渡りしながら、あるいは激しいビートとくんずほぐれつつ、自在に声を発している。それだけにメロディは、聴き手を起伏の激しい山道に導くような感じで、ときに崖から落ちてしまいそうなスリルも味わわせてくれる。また、中村の母親は奄美大島出身とのことだが、《そのいのち》には彼女のルーツの片鱗が感じられる。複雑なリズムやメロディに対して、中村の歌唱が描く感情曲線はけっこうストレート。次作では、より土着的なグルーヴやフィーリングと、清廉なコーラスの融合を期待できそうだ。