浮遊するミシェルのポップ
ためしに“Friends”のオリジナルと彼女のヴァージョンをくらべてごらんなさい。カヴァーがノスタルジーの再生装置にとどまっていないか、原曲をどれだけ発展させているのか、あるいは再構築したかどうか。ミシェル・ンデゲオチェロの11作目『Comet, Come To Me』の幕開けである“Friends”はフーディニが84年に出した2作目『Escape』に収録した曲が元だが、彼女はシンプルなブレイクビーツでも、クラフトワーク起源のエレクトロでもなく、むしろシンセ・ポップ(つまりトーマス・ドルビー)の系譜にあたるオールドスクールのなかでもとくに音楽的で省察に長けたブルックリンのヒップホップ・トリオのこの曲に、デトロイト生まれでPファンクの一員でもあったアンプ・フィドラーのシンセ・ベースを加えエクレクティックにしあげている。原曲のシンセの印象的なフレーズをミュートをきかせたアコースティック・ギターのフレーズに置き換え、アンプ・フィドラーのシンセ・ベースは電子の叢雲からの暴風雨のように吹きすさぶが、中間部でミシェルのベースとかすかにポリリズム的なニュアンスのリズムを交錯させることでミシェル版“Friends”は批評的な多角的な視点を織り込んだ折衷となり、言葉を換えればこれまでの彼女の作品がそうだったようにすでにハイブリッドであるといえるとともに、カヴァーをたんにカヴァーとしてだけでなく、この曲をとりあげた動機や原典の主題や音楽史上の位置づけとその解釈と改変を比較して考えさせるところもあるからアルバム内でこの曲は提示部ないしはエピグラムの役割を担うのかもしれない。ということをうかがいたかったのだが、メールで送った質問に期限まで回答をいただけなかったので拙文のみで読者諸兄にはこのすばらしい『Comet, Come To Me』を手にとる際の参考にしていただきたい。
2012年の前作『Pour Une Âme Souveraine』はニーナ・シモンへのトリビュートであり、彼女は足かけ2年にわたり他者の曲をやっていることになる。こんな計算にはなんの意味もないがしかし懐メロでもスタンダードでもリミックスでもなく、過去の他者の曲をみずからの身体にひきつけて表現できるミュージシャンはめったにいない。前作しかり、たとえば『Weather』のレナード・コーエンの“Chelsea Hotel”もそうだろう。身体というのは、彼女のプロデューサーとしての資質であり、シンガー・ソングライターの能力であり、ベース・プレイヤーであることのフィジカリティ(演奏は運動であり連動である)であり、アクティヴィストとしての視点から成るものである。その総合がミシェル・ンデゲオチェロをつくる。マドンナのレーベル、マーヴェリックから出したファーストからそれは変わらない。
もちろんこれはミシェル・ンデゲオチェロの音楽が変わらないということではない。“Firiends”につづく“Tom”“Good Day Bad”それに“Forget My Name”、『Comet, Come To Me』の前半では肩の力の抜けた曲調が印象にのこる。“Good Day Bad”も“Forget My Name”もメジャーのキーではないが、ネオ・ソウルというよりビル・フリゼール的アメリカーナ志向を感じさせる前者にせよレゲエの後者にせよ、なんというか、奇妙な浮遊感を帯びている。彼女の作品でレゲエは頻度の高い要素だが、2003年の『Comfort Woman』でのレゲエが演奏者の目線からの導入だったとすると(レゲエほどリズム隊がやっていて楽しい音楽はない。ドラムとベースの音楽といわれるゆえんである)、このアルバムではもっとずっと俯瞰したものになっている。つまりアレンジとプロデュースが前面に出ており、浮遊感をおぼえる色彩感覚はキーボードや種々のノイズ、それに各種楽器のトーンに起因するのだが、ミシェル・ンデゲオチェロの語法と書法はそれらを自在にあやつり、11作目まで重ねたキャリアをきわめてポップに落としこんでいる。
ためしに表題曲“Comet, Come To Me”を聴いてごらんなさい。おまじないのような歌詞とピアノの残響とステッパーズのリズムに“I’m Not In Love”を思わせるヴォイス・サンプルまで顔をのぞかせるキュートな小品をささやくように歌う彼女の姿は外へ向かう強さというより内側に抱えこむやさしさを思わせる。ミュージシャンとしてひとりの女性として円熟を迎えつつある、というとあまりに陳腐だが、つづく3曲のおおらかなロック調、やや沈んだ曲調の“Folie A Deux”から最後の“American Rhapsody”まで、二部あるいは三部構成をとったと思われる『Comet, Come To Me』はソウルでありR&Bであり、これみよがしにジャズではないけれども(M-Base出である彼女は弊誌の特集でもとりあげたロバート・グラスパーと浅からぬ縁があるのもよく知られている)、ロックでありながらポップとしかいいようのない、ジャンルを不問に付すミシェル・ンデゲオチェロの懐の広さであり、私はそれを女性性や母性になぞらえたりしない。もっと大きな豊かななにかだろう。
LIVE INFORMATION
ミシェル・ンデゲオチェロ LIVE in JAPAN
2014年7月14日(月)東京・六本木 Billboard Live TOKYO
開演:19:00/21:30(2ステージ)
2014年7月15日(火)大阪・梅田 BillBoard Live OSAKA
開演:18:30/21:30(2ステージ)