コラム

リトル・シムズ(Little Simz)の新作『GREY Area』に〈ビート〉〈ラップ〉の両面から迫る

ケンドリック・ラマーも称賛する気鋭のラッパーを徹底解剖

リトル・シムズ(Little Simz)の新作『GREY Area』に〈ビート〉〈ラップ〉の両面から迫る

リトル・シムズの新作『GREY Area』が話題だ。成功を収めた前作『Stillness Is Wonderland』(2017年)から2年、本作は彼女にとって決定打といえるアルバムだろう。そもそもケンドリック・ラマーが称賛し、ゴリラズやアンダーソン・パーク、ローリン・ヒルのツアーにも呼ばれるシムズは、どうしてこんなにも愛され、高く評価されているのか?

〈ロンドン出身の女性ラッパー〉という単純なラベリングを乗り越えて活躍するリトル・シムズ。Mikikiはこの気鋭のアーティストの新作に、ビートやサウンド/プロダクションの側面、そしてラッパー/リリシストとしての側面の両面から迫る。2つのテーマについて、それぞれimdkmとshukkiという2人の書き手が独自の視点から切り込んだ。

LITTLE SIMZ GREY Area Age 101/BEAT(2019)

imdkmが分析する『GREY Area』の〈ビート〉
――ジャズ、ファンク、ダブ、アフロビート、ポスト・パンクが衝突する多面的なサウンド

ロンドン出身のMC、リトル・シムズが最新アルバム『GREY Area』をリリースした。カヴァー・アートは訝しげにカメラを見上げる彼女の姿。鈍い諧調のモノクロームは、アルバムのタイトルを反映するかのようだ。それはまた同時に、ニュアンスを楽曲ごとに違えながらも明確なトーンに貫かれたこのアルバムのサウンドにも通じるように思う。彼女はこのアルバムを「とても音楽的で、率直で、簡潔(very musical, direct, concise)」と表現するが、ジャズ、ファンク、ダブ、アフロビート、ポスト・パンク……が混じり合った折衷性を、90年代のトリップ・ホップやブーンバップにも通じるキャッチーさで包み込んだサウンドを評するにはこれ以上ない言葉だ。

これまで彼女は、特定のプロデューサーと一枚まるごとがっつりタッグを組むことはなかった。しかし今作では、彼女が9歳のときから家族ぐるみで付き合いがあったというロンドンのプロデューサー、インフローが全曲をプロデュースしている。複数のプロデューサーから提供されたビートにひとつひとつ向き合う制作から一転、気心の知れた旧知のプロデューサーとのコラボレーションに集中した結果が、折衷性と一貫性が両立したこのサウンドだと言える。

『GREY Area』収録曲、クレオ・ソルをフィーチャーした“Selfish”
 

それでは、本作のキーパーソンといえるインフローとは何者なのか。彼もまたロンドン出身、クークスの2014年作『Listen』や、本作にもフィーチャーされているマイケル・キワヌーカの2014年作『Love & Hate』で大きな貢献を果たした若きプロデューサーだ。自身の名義でのリリースで現在確認できるのは2018年のシングル“No Fear”のみだが、クークスやキワヌーカなどのプロデュース・ワークとあわせてみると、生音感の溢れる躍動するサウンドとアフロビート的なグルーヴを持ち味としているようだ。とはいえ、先の2組に加えてベル・アンド・セバスチャンジャングル、ポルトガル・ザ・マンといったバンドにまでプロデュースやプレイヤーとして参加する幅の広さには、まだ底知れないポテンシャルを感じる。

インフローの2018年のシングル“No Fear”
 

さて、リトル・シムズとインフローの2人がコラボレーションした『GREY Area』でとりわけ印象的なのは、ミニマルなサウンドと過激なダブ処理だ。ほとんどドラムスとベースラインの骨組みだけで構成された冒頭の2曲(“Offence”と“Boss”)では、胴鳴りが強調されたキックや歪んだベースの不穏なサウンドにリトル・シムズのラップが絡み合う。リヴァーブやディレイによる過激なダブワイズは、ポスト・パンク期のエイドリアン・シャーウッドやデニス・ボーヴェルの仕事も彷彿とさせる。それはまた、クロニクスをゲスト・ヴォーカルに迎えた“Wounds”やリトル・ドラゴンをフィーチャーした“Pressure”の引きずるような低域のグルーヴが醸すトリップ・ホップ的アンニュイにまで繋がる。本作は、ポスト・パンクからトリップ・ホップに至る、イギリスにおけるダブ受容の系譜を刻み込んでいる。

『GREY Area』収録曲“Offence”。ミュージック・ビデオの監督はチャーリー・ディ・プラシドとジャングルのジョシュ・ロイド・ワトソン
 

また、細かく震えながら半音で上下するストリングスのフレーズが緊張感を演出する“Venom”や、オリエンタルなスケールが用いられた“101 FM”にはグライムの面影がほんのりと残っており、リトル・シムズの歯切れ良いフロウが一段と映えているのも聴きどころ。与えられたビートにアプローチするだけではなく、密接なコラボレーションを経ることで、彼女のラップの鮮やかさが浮かび上がっているように思う。

と、ここまで『GREY Area』の過激さ、鋭さに焦点をあててきたが、ロンドンのシンガークレオ・ソルのスムースな歌声がピアノと溶け合う“Selfish”や、キワヌーカをフィーチャーした“Flowers”に感じられるジャジーな要素はこのうえなくほろ苦くもスウィート。ジャジー・ヒップホップやネオ・ソウルの方面からも注目を集めるだろう素晴らしいサウンドだ。

聴きこむほどに、このアルバムに生きている音楽的要素の多面性には驚かされる。それはそのままイギリスの音楽が持つ異ジャンルの衝突と混交の歴史――その代表がポスト・パンクであり、またトリップ・ホップ、あるいはジャングル以降のダンス・ミュージックである、と個人的に考えているのだが――を反映しているように思う。2019年に届けられるサウンドとして申し分ない新鮮さと奥行きを兼ね備えた一枚だ。

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