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shukkiが紐解くリトル・シムズの〈ラップ〉
既存の枠組みにとらわれないアーティスト、そのスキルとストーリーテリングの力

〈北ロンドン出身〉の〈イギリス人〉。〈ナイジェリアにルーツを持つ〉〈女性〉で〈ラッパー〉。これらはすべてリトル・シムズについての説明だが、彼女はこの枠に留まることを良しとしない。「私は箱には収められない。私はアーティスト」。彼女は一貫して言い続ける。

リトル・シムズのラップの特徴はUKラップ独特のリズミカルな鋭さだが、ルーツであるアフリカはナイジェリアのアフロビートや、南米のレゲエ由来のリズムをも柔軟に纏い、USラップ的なフロウやアドリブに彩られている。映画「ブラックパンサー」のオーディションも受けるなど演技にも興味を持ち、その語り口や音選びには芝居的な表現力も感じる。落ち着いた色遣いでロンドンっ子ならではのセンスを感じさせるファッションは、〈女性ラッパー〉が持つ派手なイメージとは程遠い。シムズには、わかりやすいラベルが貼りづらいのだ。

リトル・シムズがロンドンでファンと交流する姿を捉えた映像。彼女の人となりが伝わってくる
 

残念ながらそれは評価のされづらさにも繋がっている。2015年にケンドリック・ラマーに「最高にイルかもしれない」と評され、国内外からの称賛を得ながらも、ブリット・アワード、マーキュリー賞、各年のBBCサウンド・オブなど、英国の主要な賞にはノミネートされたことがない。同じナイジェリア系イギリス人のスケプタ、デイヴに加え、ストームジー、J・ハス、AJ・トレイシー、ロイル・カーナーなど、日本で名を聞くUK男性ラッパーのほとんどがどれかに選出されている一方で、シムズは現在も無冠だ。

不当な過小評価という意見もよく見るけど、私の音楽を聴かない人を相手にし続けられない。やることを理解してくれる人に集中する」。3枚目のアルバム『GREY Area』では、24歳のなかにある子供っぽさと大人っぽさ、受け入れざるを得ないことに気付きつつあるがどこか納得しきれない性差や恋愛、今後の人生に対する強気さと弱気さという〈グレイな部分〉を優れたストーリーテリングで描き出し、最高傑作と言える仕上がりとなった。

アルバムは、勝気な“Offense”で幕を開ける。自身のライティング能力を〈悪いときでジェイ・Z、最悪でもシェイクスピア〉と評し、〈あんたなんか脅威じゃない〉〈私は誰の気分を害そうと気にしない〉と畳みかける。続く“Boss”でも、〈私がドレスを着たボス、お行儀よくしな〉と重ねて攻める。韻を踏みながらリズムの上を自在に跳び回り、テンションを巧みに操るそのラップは、アグレッシヴなリリックも決して耳障りに感じさせない。

『GREY Area』収録曲“Boss”
 

3曲目“Selfish”では、違った一面を見せる。〈夜眠れない。戦いたくない。親友は自分。私はわがまますぎる〉。Beats 1のインタヴューで、シムズは「このアルバムはこれまでと違いオープンで、とてもパーソナル」と語っている。「溢れる感情を抑えきれず、初めて泣きながらスタジオを出た」こともあるという。〈もっと自分を愛さないと〉。

“Wounds”は、大切な友人が殺害された日、閉め切ったスタジオに3時間座り続けた後に一気に書き上げた。〈gun man〉で脚韻を踏んだストーリーを展開し、〈その銃(憎しみ)をどこから手に入れたの?〉と尋ねる。“Therapy”はセラピストに語る代わりに、自身のセラピーである音楽へと感情を吐露する。“Sherbet Sunset”では別れた恋人に向け、〈あの子の妊娠をいつ打ち明けるつもりだったの? 私への誠実さも感情もリスペクトも無い〉〈あなたの名前は私のグラミー賞スピーチに入るはずだったのに、完全なロス〉〈この曲を聴かないで、傷ついているか、大丈夫かなんて訊きに来ないで〉と変わらず気丈な声で語る。そのトーンがかえって、24歳の心の奥にある痛みを伝える。

アルバムを締めくくる“Flowers”では、ジミ・ヘンドリックス、エイミー・ワインハウス、ジャニス・ジョプリン、カート・コバーンら27歳で亡くなったミュージシャンの名を挙げ、〈あなたたちはすでに勝っていた。全員に花を〉とフックが歌われる。続いてシムズがつぶやくようにラップする。〈目が閉じる前にもう一度hitを〉。〈hit〉とは麻薬の1ショット、アルコールの1杯、マリファナのひと吸い、そして日本語と同様、ヒット曲1曲だ。そこにあるのは、先人たちへと向けられる鎮魂、音楽への愛と尊敬の念、シムズ自身の生のなかでどこまで到達できるのかという不安と懐疑。そして最後に再び、優しいフックが歌われる。〈あなたはすでに勝っている。あなたに花を〉。

『GREY Area』収録曲、マイケル・キワヌーカをフィーチャーした“Flowers”

 

シムズは2015年のファースト・アルバム『A Curious Tale Of Trials + Persons』で王冠をかぶった女性の絵を使い、1曲目から〈女だって王になれる〉〈シムズは王〉とスピットした。同じ世界で〈キング〉と称されるケンドリック・ラマーは、24歳で『Section.80』(2011年)を発表している。その後の活躍は広く知られているとおりだ。シムズも、いつか自身が描いた王冠を手にするだろう。だがその王冠は誰かから与えられるものではない。ナイジェリア・UK・USの鼓動を持つ身体に、ライティング・スキルという武器と磨き抜いたストーリーテリング能力を手に入れ、ありのままの自分を描き出すオープンネスという新たな鎧を身に着けた彼女が、自身と戦い続けて勝ち取るものだ。それが〈アーティスト〉、リトル・シムズだ。