(c) Takehiko Yamano

 

 ピアニスト・徳川眞弓と共演者たちがつくるのは、言葉と音楽の生き生きとして優しい空気感。ピアノは響きに色をひろげ、朗読は新しいイメージの窓をひらく。――徳川眞弓は自身のリサイタルで、ピアノ演奏に詩の朗読を合わせるコラボレーションを展開してきたが、それがCDアルバムに実を結んだ。朗読ゲストに迎えているのが、リンボウ先生こと作家の林望と、ウェールズ生まれで日本に帰化した作家・ナチュラリストのC・W・ニコルとは、楽しい組み合わせだ。

徳川眞弓,C.W.NICOL,林望 プーランク: 子象ババールの物語; ドビュッシー: 子供の領分 Disc Classica(2013)

  「ニコルさんの語りにはとても暖かみがあって、でも子供心を感じさせてくれるようなリズムがありますよね」と徳川。今回のアルバムでニコルは、ドビュッシーのピアノ組曲《子供の領分》に寄せて谷川俊太郎が書き下ろした詩の朗読を担当している。

 「僕はオタマジャクシが読めないけど、音楽と詩はペアだと思うんですよ」とニコル。「それは凄い力になると思う。私はウェールズ系日本人ですから、吟遊詩人の血が流れているのです。…僕の子供の頃は、学校で詩を暗記させられていましたよ。シェイクスピアとかキプリングとかディラン・トマスとか。音楽のほうは、ずっとギターをやりたかったんだけど、僕の手は空手でいろんなもの割ってて、こうだから」とニコル大きな両手をみせてにっこり笑う。

 そうは言いながら、カナダ在住時代にはバンドでヴォーカルを担当しスタジオまで作っていたり「11歳の頃、ベンジャミン・ブリテンの《聖ニコラス》[少年聖歌隊を含むカンタータ]でソロを歌ってBBCに出ましたよ。教会で何度も歌いました」というくらいだから、相当の音楽好きだ。「ドビュッシーは、15歳の頃に音楽が大好きな女の子の前で格好つけてレコード聴いてたけど、何がなんだかさっぱり分からなかった(笑)。でもいいなぁと思いますよ。谷川俊太郎さんの詩も25年以上前から読んでいて、ほんとに大好き! 今回の詩も読むと画が見えるんです。しかも可愛いの(笑)。年寄りの僕が読んでも、8歳くらいの男の子が読んでも、同じような力が出ると思う」

 谷川作品のなんとも言えない""可愛さ""を、ニコルの朗読が絶妙な素朴さで表現しているのがいい。 「とても瑞々しい詩ですよね」と徳川も言う。「谷川さんのご自宅に伺ったら、キーボードの上にバルトークの《ミクロコスモス》[子供のために書いた小品集]の楽譜が置いてあって、時々弾くと気持ちがいいんですよ…と仰って。いつも身近に音楽があって、ほんとうに音楽をよくご存知なんだなと読んでいても感じます。――この《子供の領分》は子供が弾くための曲じゃないですけど、子煩悩だったドビュッシーが子供をみつめる温かい眼差しが感じられる曲集ですよね。今回は、音楽の核にあるそうしたものと、谷川さんから出てきた言葉とが結びついているのを感じます。書いて下さって本当にありがたいことでした」

 作家としての執筆活動だけでなく、講演も多くおこなうニコルだが「講演はお客さんの顔をみて勝手に変えられますが、パフォーマンスはそうはいかないので凄く緊張するんですけど、誰かと一緒にやるということは講演より楽しい! 美女と野獣だけど!(笑)」

 ニコル&徳川の《子供の領分》と一緒に収録されているのは、林望が翻訳と朗読をつとめる《子象ババールの物語》。ブリュノフ作の有名な絵本を原作に、才長けて洒落た感性の冴える作曲家プーランクが、朗読とピアノのために仕上げた作品だ。リンボウ先生の紳士な柔らかい語りも、音楽の感触と良く合っている。

 「《ババール》は宮沢賢治の『オツベルと象』をちょっと思い出しますね」とニコル。同じフランスの作曲家が子供のために創り出した音楽でも、感触のまったく異なる風景が広がってゆくのも楽しい経験だ。徳川眞弓は既にソロ・アルバム『ポートレイト』でも、プーランクやラヴェルバルトークショパンなどしなやかに響かせていたが、今回の録音でもドビュッシーとプーランクそれぞれ、音色の柔らかさと明晰な語りくちを融けあわせた心地よい音世界を広げてみせる。「ニコルさんが作ってくださる空気に乗って演奏するのは楽しいですよ」と徳川が言えば「これが新しい始まりになればと望んでいます!」とニコルも笑う。

 合間にマスカーニの《カヴァレリア・ルスティカーナ》間奏曲を、おしまいにグルダの洒落て美しい小品《アリア》を添えるのも素敵な趣向だ。──ちなみに今回のアルバム、収益の一部は震災復興プロジェクト《東松島に「森の学校」を作る運動》へのチャリティとしておくられる。ニコルが長野県黒姫で森を蘇らせてきた里山再生運動《アファンの森》の財団が東松島市と共におこなっている、森と心の再生を進めるプロジェクトだ。詩と音楽の森から、新たな緑へ。アルバムの実りがさらに育ってゆくことも願いつつ…贈りものにしたいような一枚だと聴き返して思う。