一篇の詩のための文字、印刷、製本。本に関わる職人の魔法
作家の山崎ナオコーラが〈本の最後のページには、制作に関わったたくさんの人の名前をもっと入れたい〉というようなことを言っていた、のをとあるトーク・イヴェントで聞いた。本一冊に関わるたくさんの人たち。だが本を読むとき、読み終わってからもなかなかそこまで考えは至らなくて、そしてそれがその、関わったたくさんの人たちの技なのだ。目に見えている文字や本そのものの姿かたちと、本の中にある物語や情景、情報の密接さは、わたしたちを早々にその本の世界に浸らせる。わたしたちは完敗なのである。
この「本をつくる」はそこを大いにわからせてくれる。さらにもう一歩を踏みこんで、この書体は? 文字の置き方や印刷は? この形は? 工程とインタヴューで形になるまでを時系列に進む。それぞれの職人が丹精込めて仕上げていくなかでの、考えや悩みや仕事の進め方が見える。
〈一篇の詩のために文字をつくる〉というところからスタートし、書体設計士・鳥海修が詩人・谷川俊太郎のために文字をつくる。文字によって詩の味わいがどのように変わるのか。鉛筆や筆で原字をつくりアウトラインデータ化しフォント化され、文字が仕上がる、と、さらっと書くのが申し訳ないほどに細かい作業が続く続く。そして〈朝靄〉という書体が生まれた。仕上がった文字に谷川俊太郎は「私たちの文字」という詩を書き下ろした。文字が詩を生んだ。この詩を組版・活版印刷する。文字を配置し、印刷する工程。そして製本。紙を折って束ねて表紙を着せる。他にも紙を選んだり裁断したり、何度も何度も何度も何度も試しながら、1冊の本は完成するのだ!
想いは脳内で言葉になるが、言葉は声や文字によってしか自分以外の人に伝えられない。誰かにより綴られた言葉が、誰かの頭にポンと浮かぶ。わたしたちは言葉に救われたり、寄りかかったりすること確かにあって、記憶に残る本も、言葉さえも、こういった職人たちの手による魔法に少なからずかかっている気がする。