佐々木亮介が8月21日(水)にリリースするファースト・アルバム『RAINBOW PIZZA』は、2010年代に大きく口を広げてしまった分断に対し、七色の橋を架けようとするかのような、実に意義深い作品だ。a flood of circleのフロントマンとしてこの国のロック・シーンの第一線を走り続けてきた佐々木は、バンドの10周年を経て、2017年に初のソロ作『LEO』をブルースの聖地・メンフィスにある名門、ロイヤル・スタジオで制作。そこでつかんだ手応えを基に、昨年は一転GarageBandで作られたトラック・ベースの『大脱走E.P.』を発表し、トラップのビートを取り入れるなど、近年のヒップホップ/R&Bのシーンを意識した作風となった。
ここ日本でも〈トラップ以降〉を感じさせる楽曲は珍しくなくなったものの、ロック・バンドでの十分なキャリアがありながら、自らトラックまで作るというのはかなり珍しいし、〈トレンドを取り入れた〉ということではなく、あくまで時代の先を見ながら、独自の音楽を作り出そうとする意志が、『大脱走E.P.』からははっきりと伝わってきた。それをさらに推し進めたのが『RAINBOW PIZZA』であり、今回佐々木はシカゴのクラシック・スタジオを訪れ、チャンス・ザ・ラッパーやノーネームらを手掛けるエルトンミックスエディットことエルトン・チャンにミックスを依頼。かの地のクリエイティヴな空気を存分に吸い込んで、4曲を完成させた。
さらに、東京ではROTH BART BARONの三船雅也を共同プロデュースに迎え、同じく4曲を制作。三船と作り上げたもののなかから、先行配信楽曲として“We Alright”が公開されている。三船もかつてフィラデルフィアやモントリオールでのレコーディングを行い、昨年発表された『HEX』では同じくエルトンにミックスを依頼(記事〈ROTH BART BARONは誰がために歌う? 現代の〈フォーク=民衆音楽〉たる新作『HEX』を語る〉を参照)。ロックの現状に対する危機感など、佐々木とシンクロする部分は多い。そう、彼らのように国境もジャンルも自由に飛び越える姿勢を持ったアーティストだけが、新たな価値観を提示できるはず。〈手放せないのは場所じゃないのさ〉。佐々木と三船の対話から、その先の光景がきっと見えてくる。
三船くんが俺の新しい扉を開いてくれるかも
――まずは共同プロデューサーとして三船さんに声をかけた経緯を教えてください。
佐々木亮介「シカゴ編を録って、東京で続きを作ろうと思ったときに、シカゴではエルトンと作ったので、東京でも誰かとタッグを組んでやってみたいと思ったんです。1人でやるときは、a flood of circleというバックボーンを取っ払って聴いてもらいたいし、新しい出会いを求めていた。そのなかで、スタッフと〈三船くんがおもしろいんじゃないか?〉という話になったんです。ROTH BART BARONが積極的に海外に行ってるのは知っていたので、ずっと気になってはいて」
――面識はなかった?
佐々木「なかったです。なので、最初はどんな人かぜんぜんわからなくて、静かそうなイメージを持ってたんですけど、初めて渋谷の喫茶店で会ったら、めちゃめちゃ……チャーミングな人っていうか(笑)。一時間くらい話しただけで、音楽めちゃめちゃ好きなのが伝わってきて、〈三船くんが俺の新しい扉を開いてくれるかも〉って思ったんです。それはエルトンと会ったときや、メンフィスに行って、(ローレンス・)ブー・ミッチェル※と初めて会ったときにも似てて」
――ロットもエルトンと仕事をしたことがあるのは知ってたんですか?
佐々木「僕がエルトンに依頼したタイミングでは知りませんでした。『HEX』の一部の曲に〈Chicago Mix〉って書いてあったけどエルトンだっていうのは最初わかってなくて、後でインタヴューを読んだら、〈これ、そうなんだ!〉っていう」
――三船さんは〈フラッドの曲は数曲知っているくらいだったけど、実際に会ってみて、プロデュースを快諾しようと思った〉という趣旨のコメントを出されていましたね。
三船雅也(ROTH BART BARON)「パッと聴いたバンドのイメージに対して、佐々木くん個人のバックグラウンドはまた違う深いところにあって、メンフィスに行っちゃう人って、なかなかじゃないですか? ブルース、R&B、ソウル……いまのロックの基礎を作った場所に土台を置きつつ、日本のポップスを作ろうとしてる感じに感銘を受けました。僕自身もそういう音楽は大好物だから、自分が関わることで、おもしろくできる可能性があるなって。僕も僕で、佐々木くんがどんな人かはぜんぜんわかってなかったけど、実際お会いしたら、話しやすいし、年も近いし……無邪気さを感じたっていうか(笑)。それで大丈夫だなって思って、お引き受けしました」
謎を楽しむパワーを音楽に持ち込もうとする2人
――メンフィス録音の『LEO』から一転、昨年発表した『大脱走E.P.』は宅録作品で、近年のアメリカのヒップホップ/ラップ・シーンからの影響を色濃く感じさせる内容でした。エルトンの起用はその延長線上にあり、東京編はまた少しタイプの違うプロデューサーとして三船さんに依頼をした……というようなイメージもあったのでしょうか?
佐々木「いまって〈ラップ〉と〈ヒップホップ〉が別になってる時代だと思うんですよね。メンフィスからシカゴ経由で帰ってくるときに、ちょうどチャンスが表紙のGQを読んだら、〈なんでチャンス・ザ・ラッパーって名前なのか?〉という質問に絡めて、彼は〈カニエみたいなやり方をラッパーだと思ってた〉という話をしていて。つまり、ヒップホップの文化がどうこうというより、自由に生きてて、音楽作って、服も作って、何でもやれて最高、みたいな意味で〈ラッパー〉と付けたと言っていた。俺もその気分でラップ聴いてるなって感じたんですよ」
――〈何でもできる〉という精神性が大事だったと。
佐々木「僕はいわゆる〈ラッパー〉になりたいわけでも、ヒップホップぶりたいわけでももちろんなくて、シカゴのチャンス周りの人たちって、〈ヒップホップってこういうもの〉とか〈インディー・ロックってこういうもの〉じゃなくて、わけわかんない混ざり方をしてることに感動したんです。なので、エルトンに対してもラップっぽい何かを求めたというよりは、〈超えて行く姿勢〉みたいなものに感動して、自分の曲作り、トラック作り、歌詞の書き方も全部そうしたかったし、名前が付けられないような……謎を楽しみたいなって」
――なるほど。
佐々木「いまのドメスティックな世界のなかでは、謎を楽しみにくい環境がある気がするし、バンド文化は歴史が長いから、フレッシュに感じにくいかもっていうジレンマと悩みを感じている。謎を楽しむパワーを音楽に持ち込むことができれば、それも打破できるんじゃないかと思って。三船くんのあり方や音楽そのもの、〈外に飛び出す〉という姿勢も含めて、俺のなかでは繋がっていて、チャンスがカニエに対して思ってることと同じというか。いろんなものを飛び越えてる人の表現はやっぱりおもしろいから、ある意味、ファンとしてそれに触れたいっていうのもあったかもしれない」
――飛び越えてる人であり、謎を一緒に楽しめる人というか。
佐々木「『HEX』とかマジ謎ですよね。めちゃめちゃいいんだけど、割り切れないっていうか、そこが好きです」
三船「『HEX』のミックスがエルトンなんだって言ってくれたのは、佐々木くんとGotchだけでした(笑)。僕も最近のシカゴ周り、ジャミーラ・ウッズ、ノーネームとか88risingのセン・モリモトくん、ジョージとか、あのシーンがワッて出てきた一方で、今年のコーチェラにロック・バンドのヘッドライナーがひとつしかいないって世界になっている。
でも、シカゴの彼らのほうが型にはまってないし、フレキシブルだし、単純にソングとしていいなと思ってたので、〈あんまりヒップホップだとは思わないんだよね〉という、そこは佐々木くんとも一致したところ。で、いまのシカゴのいろんな作品をチェックしてたら、大体エルトンが絡んでて、点が線になっていって。そこに佐々木くんも反応してくれたってことは、これは何か化学反応が起きるんじゃないかと思いましたね」
a flood of circleの佐々木くんから革ジャンを脱がしてみたい
――実際の制作に関しては、どのように進めていったのでしょうか?
佐々木「最近は一日一曲くらいのペースで曲を作ってて、もともとデモはたくさんあったので、まずそのなかから三船くんに10曲くらい送ったら、嬉しいことに、全部に一言ずつコメントを返してくれて。例えば、“Game Over”だったら、自分の作家としての癖で、ネガティヴな経験があっても、最終的にポジティヴに持っていきたい気持ちがあるから、どうしても作品の最後にポジティヴを入れちゃうんですよ。でも、三船くんに〈ネガティヴで行っちゃえば?〉って言われて、だから最後が〈もうダメだ/I’m tired/疲れた〉で終わってる(笑)」
――三船さんとしては、佐々木さんのどんな部分を引き出したいと考えましたか?
三船「端的に言っちゃうと、〈a flood of circleの佐々木くんから革ジャンを脱がしてみたい〉っていう」
佐々木「なるほど(笑)。すげえわかりやすいコンセプト!」
三船「あとはホントに新しいデモが毎日のように出来てたから、それを受け入れられるように、なるべく固めず、締めるところだけグッと締めようと思っていました」
佐々木「優しいプロデューサーですね(笑)。最初に三船くんに言われて覚えてるのが、〈いま佐々木くんの頭のなかでビッグバンが起きてるから、まだまとめなくていい〉って。そんな言葉で言われたのは初めて(笑)。そういうコントロールは、自分もアーティストだからわかるのかなって」