シカゴのレジェンドが新天地で綴った新たなストーリーーーより内省的な領域へ入り込み、より純粋に音楽に集中した新作は、いまもフレッシュな〈彼女〉への愛で満たされている!

音楽は人々をリチャージするもの

 90年代前半にデビューして以来、全米ブラック・カルチャーを代表する知性派/社会派ラッパーとして最大級のリスペクトを受けるリリシスト、活動家、俳優など数々の顔を持つコモン。2016年作『Black America Again』ではアメリカに蔓延る黒人間の抗争を取り上げて物議を醸した彼が、ストリート、コミュニティー、家族などへの〈愛〉をヒップホップを通じて表現したコンセプト・アルバム『Let Love』をいよいよリリースする。

COMMON Let Love Loma Vista/ユニバーサル(2019)

 盟友Jディラの遺したトラックを用いた先行シングル“HER Love”をチェックしたファンもすでにいるだろう。念のために書いておくと、コモンのリリックにたびたび登場する〈HER〉とは〈Hip-hop in its Essence is Real〉の略で、ヒップホップを女性に擬人化したコモン独特の表現だ。つまり“HER Love”は〈ヒップホップ愛〉を意味し、94年の名作にして問題作となったシングル“I Used To Love H.E.R.”の続編と言っていい。ギャングスタ・ラップ全盛期にリリースされた同曲は、90年代初頭までヒップホップの中心にあったアフリカニズム(人類史における黒人の貢献度を称えるイデオロギー)がその商業主義に乗っ取られたことを嘆く内容だった。今回の“HER Love”の〈彼女〉を〈ヒップホップ〉に置き換えて聴いてみてほしい。〈俺をここまで連れてきてくれた〉と唄うダニエル・シーザーのスモーキーなヴォーカルに載せたメッセージ性の高いリリックがヒップホップ・ファンの耳をくすぐる仕掛けだ。

 新作のタイトルとなった〈Let Love〉は5月に発行されてNY Timesのベストセラー入りも果たした自身の著書「Let Love Have The Last Word」から。この自伝では幼少期に性的虐待を受けたことを初めて公表して話題になったが、その執筆中にインスパイアされ、今年の1月から5月にかけてNYのエレクトリック・レディ・スタジオ(ジミ・ヘンドリックスによって建てられた歴史的なレコーディング・スタジオ)に舞い戻って制作されたという。3作目『Like Water For Chocolate』と4作目『Electric Circus』もこのスタジオにて制作されている。

 7月の初週にヨーロッパとアメリカ本土のメディアを対象にかなり数を絞ったリスニング・パーティー及びインタヴュー・セッションが行われ、筆者はロンドン市内のホテルで本人に直接話を訊く好機を得た。これまでレラティヴィティ、MCA~ゲフィン、ワーナー、そしてデフ・ジャムとレーベルを渡り歩いてきた彼だが、今回はコンコード傘下でLAに拠点を置くロマ・ヴィスタからのリリースとなる。なお、同社CEOのトム・ワーリーはインタースコープの立ち上げに大きく関わった人物であり、入社直後に弱冠19歳だった2パックと契約するなど、インタースコープをヒップホップの最前線に押し上げてきた功績の持ち主。コモンとサインするうえでも彼の十分な政治力が働いたと考えてよいだろう。

 「今作をまとめて言うとサウンド・コレクションなんだ。ヒップホップ、精神世界、愛の表現、カルチャー、神について、愛する娘、母、マーヴィン・ゲイやケンドリック・ラマーなど自分が愛する音楽など、いまの自分の生活、世界で起こっている事象の物の見方などを綴ったものだよ。ずっと心の奥底で葛藤があって自分がいままで書いてなかったようなこと、例えば性的虐待を受けたことも書いた。暗い記憶やストーリーもあるけど、そんな事柄でもリスナーのみんなをインスパイアしたりヒーリングになったりすると思う。音楽は人々をリチャージするものだからね」。

 

新しくてフレッシュなもの

 アルバムの制作プロセスについて訊いてみたところ、「俺はあんまり友達がスタジオに雪崩れ込んできてダラダラやるタイプじゃないんだ。クリエイターとかアルバムに関わる人たちだけだな。昔はいろんな奴をスタジオに呼んで楽しくやってた時期もあったけどね(笑)。アルバム制作に入った当初は、コモン・サウンドの要であるカリーム・リギンス、サモラ・ピンダーヒューズの2人でヒップホップだけどオーガニックなサウンドをめざした。カリームはすべてのトラックのドラムスを生で演奏してレコーディングしてPCに取り込んでループを作って次々に聴かせてくれる。上がってきた曲はウェザー・リポートみたいだったりレディオヘッド的な音だったり、いろんなタイプの音楽を試した。新しくてフレッシュなものが必要だと感じてたしね。それでヴォーカルの候補をいろいろ挙げていくうちにこのトラックだとリオン・ブリッジス、ジョナサン・マクレイノルズがいいね、という流れではめ込んでいった。サモラはコーラス・パートをたくさん書いてくれたんだよ。彼の姉妹(エレナ・ピンダーヒューズ)はフルート奏者で、前作の“Letter To The Free”“Black America Again”などに参加しているんだけど、その彼女が〈自分の兄弟は才能がある〉って言うんで会ってみたんだ。そしたらすごい才能だった! まだ無名だけどこれからフックアップしていくと思うよ」。

 アルバムからのセカンド・シングルは“Herclues”。LAのラッパー、ヴィンス・ステイプルズがコミカルな店員を演じるクライム・シーンを描いたMVも話題となっている。客演しているのは、意外にもコモンとは初タッグとなるスウィズ・ビーツだ。

 「まずはビートのデモはすでにあってそれをスウィズに渡したら〈いいね!〉という回答があった。それで彼のスタジオに行ったんだ。そしたらフリースタイルやヴォーカルを入れてくれて予想を遥かに超えるエネルギーを曲に与えてくれた。スウィズは実の娘について書いた曲もやりたかったみたいなんだけどね。このアルバムの中で唯一のクラブ・バンガーになったんだ」。

 最後に〈最近注目しているアーティストは?〉という質問を投げたところ、「ポップ・フィールドの大きな流れはそんなにチェックしてないね。ラッパーではYBNコーデイ、サバ、ノーネーム、チャンス・ザ・ラッパー、ミーク・ミルあたりだな」と語ってくれた。“HER Love”の後半ではコモン独特のフロウで21アーティストにも及ぶ名前が続けざまに登場する。

 「あれは新しいタレントや自分のリスペクトするアーティストへの敬意を表現したんだ。彼らは自分たちが感じたヒップホップを新しいスタイルを表現しているんだ。俺が自分の感じたヒップホップをやっているのと同じさ」。

 7月からは新作『Let Love』の全米ツアーがスタートしたばかり。『Black America Again』で制作されたショート・フィルムも予定してるというし、12月には来日ライヴも予定しているというコモン、シカゴのヒップホップ・キングの冠をまだ若手に明け渡す気はないようだ。

『Let Love』に参加したアーティストの作品を一部紹介。