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©2019 映画「蜜蜂と遠雷」製作委員会

藤倉大の書き下ろした《春と修羅》、4人のピアニストが演奏するカデンツァが聴きどころ!

 菱沼忠明がコンクール課題曲として書き下ろした《春と修羅》。もちろん、こちらもはじめて聴く。楽曲そのものは藤倉大がつくっていて、4人のコンテスタントは各自カデンツァ部分を即興する。藤倉大はこの4つの、というか、4人それぞれのカデンツァを書き分けている。演奏者各人の性格、背景とカデンツァそのものとがしっかりつながっている。もちろんそれは、ストーリーのなかに配されていて、みている「わたし」がそのストーリーを文脈として読みこんでいるからこそなんだけど。

 4人の人物は役者のみならず、ピアニストもちゃんと分けられている。栄伝亜夜は河村尚子、高島明石は福間洸太朗、マサル・カルロス・レヴィ・アナトールは金子三勇士、風間塵は藤田真央が担当。年齢も、違うんだけど、それなりに重ねあわせることができるような人選。小説の人物と役者、そしてピアニストという3つのペルソナを、映画をみている・きいている者はフィクションのなか、戯れる。

 《春と修羅》の、4人の異なったカデンツァがすべて収められる、つまり4人のピアニストによる《春と修羅》がすべて収められたCDがあるんじゃないか――そう期待していた。だけど、ないのである。がーん。

 ピアニストはそれぞれCDアルバムをだしている会社が違うので、サントラも別なのだ。つまり、ちゃんと《春と修羅》を聴きくらべようとおもったら、4枚入手しなくてはならない!

 《春と修羅》の楽譜は発売されるだろうか。発売されるとしたらどうなるだろう。カデンツァとして何もないのがあって、ほかに4つのヴァージョンも併せて、となろうか。それを期待したいな。

 カデンツァのなかでも、高島明石(松坂桃李)=福間洸太朗のはとてもリリック。しかも「生活者の音楽」と謳っていることもあり、つれあいと子どもとの生活が描かれる。母子がテーマを歌いあうシーンがあり、母子がコンクールの会場で立ったまま高島明石の演奏を聴くシーンもある。この高島明石の演奏から、栄伝亜夜(松岡茉優)と風間塵(鈴鹿央士)にも共鳴し、ピアノを弾くことを欲望させる。ここにあるのは、コンクールの、「位」を競うのとは異なった、べつの線を引っ張ってゆき、映画のべつのストーリーを引きだしてくるところだ。

 映画『蜜蜂と遠雷』、群像劇たる原作に対して、映画では、群像的でありつつひとりを中心に据える。

 気になるところもないではない。ないではないんだけど、映画は無数の細部、無数の要素でできているから、ところどころでこっちが否応なしに反応してしまうところがあったりする。プロコフィエフの3番、バルトークの3番といったコンチェルトがカメラワークで「演じ」られるとなれば、映画的な視覚と聴覚の相乗効果が、個人的な楽曲へのおもいとシンクロしてしまう。プロコフィエフ、かなり好感度アップ。

 よく知った音楽作品に出会いなおす、映画がそんな場になることもあるんだな。 *小沼純一(音楽・文芸批評家/早稲田大学教授)

 


CINEMA INFORMATION

映画『蜜蜂と遠雷』
監督・脚本・編集:石川慶
原作:恩田陸『蜜蜂と遠雷』(幻冬舎文庫)
「春と修羅」作曲:藤倉大
ピアノ演奏:河村尚子/福間洸太朗/金子三勇士/藤田真央
オーケストラ演奏:東京フィルハーモニー交響楽団
指揮:円光寺雅彦
出演:松岡茉優 松坂桃李 森崎ウィン
鈴鹿央士(新人) 臼田あさ美 ブルゾンちえみ 福島リラ/眞島秀和
片桐はいり 光石研 平田満 アンジェイ・ヒラ 斉藤由貴 鹿賀丈史
配給:東宝(2019年  119分  日本)
◎大ヒット上映中!
https://mitsubachi-enrai-movie.jp/