名実共に現代ポップ・シーンを代表する存在となったベックが、あのファレルと刺激的な初合体を実現! 空間を超えた幻想的なサウンドはどこへワープする?

 〈In hyperspace electric life is in my brain〉という謎のメッセージを添えて、ベックがInstagramに〈ハイパースペース〉と文字の入ったジャケを公開したのは10月11日のこと。映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」を思わせる佇まいのアートワーク(車種は81年に発表されたトヨタ・セリカ リフトバック)で、事前にはアタリ社のビデオゲーム「Asteroids」(79年)に着想を得た作品という情報もあった。しかも、先んじて公開されていた“Saw Lightning”はファレル・ウィリアムズとの初の手合わせということで、期待が膨らんでいた人も多かったことだろう。

 シンガー・ソングライター然としたソング・オリエンテッドな『Morning Phase』(2014年)がグラミー賞の〈最優秀アルバム〉部門を受賞し、グレッグ・カースティンとガッチリ組んだ『Colors』(2017年)も輪郭のくっきりした極めてダンサブルなポップ・アルバムに仕上げるなど、振り返ってみれば、ここ数作のベックはある種の〈正統派〉的な支持を確立したように思える。今年に入ってからは馴染みのジェニー・ルイスやケイジ・ザ・エレファントを援護しつつ、「ROMA/ローマ」のインスパイア盤に参加し、ピンクには“We Could Have It All”を提供。そんななかで届いた14枚目のアルバム『Hyperspace』は、結果的に全11曲中7曲をファレルと共同プロデュースする意欲的な作品となった。

BECK Hyperspace Capitol/ユニバーサル(2019)

 今回のファレルとの縁はもともとN.E.R.D.の作品への参加オファーがきっかけだったらしいが、そもそもベックは『Midnite Vultures』(99年)を制作していた時期から、当時日の出の勢いだったネプチューンズとの共演を望んでいたという。『Midnite Vultures』といえばベックのキャリア中でもっともプリンス的なソウル/ファンクに寄った作品であり、その99年はネプチューンズが憧れの殿下とリミックスで初絡みした年。プリンス、レトロ・ゲーム、80sリヴァイヴァル、そんな連想ゲームにフラグを立てるかのように、先日Amazon Music限定で『Paisley Park Sessions』も公開したベックではあったが……実際に登場した『Hyperspace』は、ベタなレトロ・フューチャーや殿下オマージュなどとは一線を画する内容に仕上がってきた。

 重厚なシンセが幻惑的に鳴り響く序曲の“Hyperlife”を含む7曲がファレルとの共同プロデュース。そこに続くのが先行カットの“Uneventful Days”と“Saw Lightning”で、全体的なサウンドの質感は以降もそれほど変わることがない。ブレント・パシュケも参加した“Chemical”にトラップ的なリズム・ワークがあったり、序曲を下敷きにした“Hyperspace”ではテレル・ハインズも交えたラップ的な唱法がメインになったりもするが、全体を貫くのはサイケで聖なるハーモニーと簡素なビート、スペイシーに響くシンセの幻想的なサウンドスケープだ。

 その感触は先述のピンク曲も共作したグレッグ・カースティン、ポール・エプワースとの共同制作曲でも変わらず。馴染みのコールMGNと手掛けた“Die Waiting”(スカイ・フェレイラも参加)でも美しいコーラスが強い印象を残す。唯一ベックの単独プロデュースとなる“Stratosphere”はクリス・マーティン(コールドプレイ)を招いた清らかなナンバー。往年のハーモニー・ポップにSF的な聖歌を掛け合わせたような本作は、クワイアを従えてベックの歌もグッと前に出た“Everlasting Nothing”で力強く幕を下ろす。

 そもそも表題の由来は件のゲーム内で危機を脱するワープ・ボタンのこと。〈それぞれの曲の中で、人々はさまざまな方法でハイパースペースを使って生き延びる〉と本人は説明しているが、つまりこれは何を意味しているのだろうか?