ワン・ダイレクションの活動休止を受けてソロ活動に乗り出したハリー・スタイルズが、セカンド・アルバム『ファイン・ライン』を完成。ファッションや映画の世界にも足跡を刻みつつ、独自性の高い音楽作りを追求し、温故知新の精神でロックンロールの再生に取り組む彼の進化を、この堂々たるアルバムに探した。

ロックスター不在の時代、と言われて久しい。ジャンルとしてのロックの影が薄くなった今、ロックスターの定義が変わったのだという主張もある。エド・シーランやショーン・メンデスといったギター男子を候補に挙げる人もいる。もちろん彼らも才能と人気に不足はないのだが、あまりにも親しみ易くて、どうも違うように思うのだ。もっと手が届かない場所にいる人、ミステリアスで予測不能な人、得も言われぬ華があって、ファンタジーを売れる人でなければ。そんな中で救世主として浮上したのが、ワン・ダイレクションのメンバーとして10年近く前に我々の前に現れたハリー・スタイルズだった。まさに誰も予測できなかった展開だ。

彼がロック道を歩み始めたのは、人生初のバンドを結成した中学時代だろうか? 或いは、エルヴィス・プレスリーをヒーローとして崇め始めた子供時代だろうか? ともあれ、16歳の時から約6年にわたってスタジアム一杯の聴衆をエンターテインする術を磨き、喉を鍛えたハリー。

バンドを従えてギブソンのギターを片手にソロ・デビュー・アルバム『ハリー・スタイルズ』を発表した17年春には、ロックスターとしてほぼ完成していたように見えた。それはルックスだけの話じゃない。偉大な先輩たちに敬意を表してロックの歴史を真摯に勉強し、モダンで洗練されたプロダクションを用いて、独自のオーセンティックな作品に消化するというトリッキーな試みに彼は、首尾良く成功。中でも特に60~70年代のブリティッシュ・ロックに根差した同アルバムは、自分は流行など意に介さずに好きなことをやるのだという、挑戦的な意思表示でもあった。

HARRY STYLES Fine Line Sony Music Japan International(SMJI)(2019)

それから2年半を経て登場する本作『ファイン・ライン』でも、ハリーは引き続き先人から学び、サイケデリックなキラメキをうっすらまとった彼ならではの柔らかな表現に落とし込んで、やりたいことをやっている。周りを固めるのも、同じ英国人のキッド・ハープーンことトーマス・ハル、ツアーバンドのギタリストであるミッチ・ロウランド、アメリカ人プロデューサーのタイラー・ジョンソンとジェフ・バスカー……と、前作で出会った信頼のおける音楽仲間だ。

でも、同じことを繰り返しているわけじゃない。それどころか2枚のアルバムを聴き比べると、耳に触れる感触からして大きく異なる。微妙なニュアンスで変化を加えた浮遊感あふれるサウンドといい、デリケートな歌声といい、ディテールをボカした歌詞といい、ファーストは言わば、ヴェールの向こうに人影が佇んでいるアルバムだった。その人影が本作にいたって、こちら側に歩み出てきた気がするのだ。

何しろ、まず声の勢いが違う。力強くソウルフルで、低い声域を強調し、割れようとかすれようと構わずに感情を露わにし、言葉はシンプルに、ダイレクトに、ストーリーを描き出す。そう、最初の数曲を聴けば、ブレイクアップ・アルバムと呼んでも差し支えない作品であることが明らかにになるだろう。まるで眩しい光を見つめたあとに残る残像を音に置き換えたかのような曲が並んでおり、相手との間に距離が広がっていくのを実感し、不安が現実となって、でもそれを受け入れられずに、激しいジェラシー(“チェリー”)や底知れない孤独感(タイトルが全てを物語る“トゥ・ビー・ソー・ロンリー”)に震えているハリーが、ここにはいる。しかし、じっと相手に向けていた視線はやがて自分自身に向けられ、彼は深い内省に耽っていくのだ。

そんなアルバムを肉付けするにあたってハリーが主に引用しているのは、アメリカ西海岸のロック・ヘリテージから拾った音楽的ボキャブラリー。言うなれば、ローレル・キャニオンにジョニ・ミッチェルやCSNYを訪ね、スティーリー・ダンと海岸線をドライブし、フリートウッド・マックとセッションを繰り広げるようにして、一音一音選りすぐって趣向を凝らしたサウンドを鳴らしている。前作の浮遊感に代わってビートが強調され、曲によってはファンキーなグルーヴ感で実験しているところも、本作の特徴かもしれない。

そして、フィナーレの壮大なチェンバーポップ仕立てのタイトルトラックに辿り着く頃には、残像の最後の欠片がようやく消えようとしている。心の整理を終えた彼が感じたのであろうカタルシスを共有しながら、我々の目の前で成長し、自分の声を見つけて花開いた25歳のハリー・スタイルズに、拍手喝采を送りたくなるはずだ。


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