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【台南洋行】第7回 融化橋(Melting Bridge)、台湾のアンビエント・デュオにインタビュー:前編

台南インスパイアのエクスペリメンタル・ミュージックはいかにして生まれたか?

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融化橋(Melting Bridge)はカリフォルニア出身/台湾在住のアメリカ人ミュージシャン、ジョン・タッカー(John Tucker、ギター/シンセサイザー/各種伝統楽器など)と、台湾人ミュージシャン、ピア・シェイ(Pia Hsieh、ヴォーカル/シンセサイザー/サンプラー)からなるデュオ。

古筝(グーチェン、琴の一種)や嗩吶(スオナー、チャルメラの一種)、笛子(ディーズ、竹笛)といった中国伝来の古楽器や環境音に、シンセサイザーやサンプラー、DAWソフトウェアといったエレクトロニクスを合わせることによって、ハイブリッドで実験的、それでいてどこかノスタルジックで温かみのあるアンビエント・ミュージックを生み出している。

融化橋。(左から)ピア・シェイ、ジョン・タッカー
 

『我們從明天來(英題:We Come From Tomorrow)』は、そんな融化橋が2019年の5月、冥丁(Meitei)などの作品リリースで知られるシンガポールの新鋭レーベル、Evening Chantsよりカセットテープで発表したデビュー・アルバムの日本盤リマスター再発となる。

融化橋(Melting Bridge) 我們從明天來 MIDI CREATIVE(2020)

彼らは創作において、〈台湾の京都〉とも言われる台湾南部の都市・台南から大きなインスピレーションを得ているという。台湾固有の歴史と伝統が根付く古都・台南の土着的なムードと、洗練されたエレクトロニックなプロダクションとのせめぎ合いが生み出す混沌と美。〈環境音楽〉というよりは〈環境音〉そのもののような、その地に住まうものにしか生み出せない、リアルな情感を湛えている。

そのサウンドは、台湾エレクトロニック・ミュージック・シーンの旗手と目され国内外での活躍も目覚ましいMeuko! Meuko!が、NTS RadioでのDJプレイで楽曲“古箏故障 Guzheng Malfunction”をピックアップするなど、耳の早いリスナーから注目を集めている。彼らが音楽を通して表現しているのは現在進行形のプリミティヴィズムである。

今回は、そんな融化橋の二人にインタビューを試みた。

『我們從明天來』収録曲“古箏故障 Guzheng Malfunction”

 

先の様な紹介の仕方をすると、一見、順風満帆そうに見える彼らではあるが、インタビューを通して見えてきたのは、このプロジェクトが始動するまでの各々が辿ってきた道のりが決して平坦なものではなく、その特異な音楽性も、人生における様々な紆余曲折や音楽的な試行錯誤の賜物であるという事だ。二人の邂逅はまさしく〈運命のひとひねり〉であり、それはまるで小説や映画のごとく出来すぎたプロットのようにさえ思えた。国籍も人種も性別も異なる二人の人間の人生が、ちょっとした偶然の積み重ねによって、台湾という地で交差し、このような独創性の高いアート作品として実を結んだのだ。〈事実は小説より奇なり〉と言うように、いくぶん大げさかもしれないが、生きることの美しさのようなものすら感じてしまうのだ。

 

僕が初めてジョンに会ったのは、かれこれ一年半ほど前。

現地の台湾人の友人であるイアン(Ian)が〈台南在住の面白いアメリカ人ミュージシャンがいる〉というので、紹介してもらうことになったのだ。ジョンはすでに台南における僕のネットワーク形成の起点となったお店・LOLAの常連だったので、アポを取るまでもなく、イアンと〈とりあえず今夜LOLAで!〉と申し合わせた。各々が無理のない時間に集まり、1日の終わりを居合わせた者同士でのんびりと過ごす。いつもの台南バイブスだ。もしかしたら誰かに紹介してもらわずとも、ジョンとは遅かれ早かれLOLAで出くわし、仲良くなっていたのかもしれない。

初対面時のジョンは、いくぶん神妙そうな面持ちだった。カールしたダーク・ブラウンの髪や欧米人にしては比較的華奢な肢体、洒落た装いはどちらかというと、フランスやイタリアといったヨーロピアンな風情を漂わせているのだが、いざ話してみると紛れもなくアメリカ人なのだ。それはもちろん、アメリカ英語特有のアクセントや慣用表現によるところが大きいのかもしれないが、その言動の端々から見え隠れする〈独立主義〉や〈自己責任〉、〈率直さ〉といった心構えにアメリカらしさを感じてしまう。

ジョン
 

ジョンは身体の至る所にタトゥーを入れていた。といってもいわゆるアメリカ的なマッチョイズムを体現するような豪壮なものではなく、むしろネイティヴ・アメリカンのアニミズムや先人による金言、警句などにインスパイアされたシンボリックなタトゥーが肢体の随所にさりげなく施されているようだった。これは仲良くなってから知った事だが、自身の手で彫っているらしい。

僕もジョンもとりわけ社交的という訳でもないので、初めは自身の音楽活動や趣味嗜好など、当たり障りのない話題を振り合っていた。しかし、僕が以前身を置いていた広告業界を離れ、いかにして今に至ったかについて話が及んだ際は、お互いの人生観や音楽との関わり方、アートとエンターテイメントといったテーマについて、より率直に語り合うことができ、店を出る頃にはすっかり打ち解けていたのだ。

その後、僕らはよく遊ぶようになり、台北でギラギラにめかし込んだドラァグクイーンたちが半裸で踊り狂う、「ブレードランナー」さながらのコズミックなクラブ・イベントや、南管(中国より伝来し、台湾で独自の発展を遂げた伝統音楽の一種)のコンサートに行ったりもした。僕らは台湾、とりわけ台南を愛していたし、よりディープでローカルな体験を欲していたので、積極的に情報を共有していた。

 

ピアと初めて会ったのもLOLAで、ジョンと一緒に来店していた時の事だ。

ピアは金髪のショートカットが印象的な、とても朗らかな女性なのだが、創作となると、KORGのvolca sampleやvolca fmといった機材を巧みに扱い、奔放なクリエイティヴィティを発揮するのだ。ピアは台北に拠点を置いているので、彼らはお互いに台北と台南を行き来しながらセッションを重ね、それ以外はオンライン上でデータのやり取りを交わしながら楽曲制作をしている。

ピア
 

僕が思うに、彼らの音楽は台南という街が見せる様々な表情を描き出している。人っ子一人見当たらず、橙色の街灯が模様のような葉影を映しだしている真夜中の路地裏や、暑さをしのぎ、ガジュマルの木陰でただボーッとしている時に聴こえてくる子供達の遊び声、最後の一瞬まで輝きを絶やさず、水平線の向こうへ悠然と沈みゆく安平の夕日など、無意識に堆積されていた台南の記憶を彼らの音楽は呼び覚ましてくれるのだ。

彼らは自身の音楽を〈アンビエント・ミュージック〉と表現しているが、先にも書いたように、同義語である〈環境音楽〉が空間をそっと彩る壁紙のような存在なのだとすれば、彼らの音楽はむしろ〈環境音〉そのもののような気もするのだ。

一般的に台南は時間の流れが緩やかでのどかな場所だとみなされていて、それはおおよそ間違ってはいないのだが、実際に生活をしてみるとノイズも多い事に気付かされる。ラッシュ時のスクーターのエンジン音や、商業における新陳代謝の激しさ故に、街の至る所で行われている改装工事の騒音、近頃は緊迫した政治情勢の煽りを受けてか市内の空軍基地からのスクランブル発進も増えているようで、時折、建物を小刻みに揺らすほどの轟音で軍用機が頭上を飛び立っていく。これらの音はお世辞にも心地がいいとは言い難く、中には生活に支障をきたしかねないものもある。

融化橋の音楽にもそのようなどこか不穏でひんやりとした瞬間があるのだが、そのコントラストとして情感もより強調されていて、台南での生活そのもののようなリアルな美しさを湛えているのだ。ジョンは常々、戦前ブルースやカレン・ダルトン、ジョン・フェイヒーといったルーツ・ミュージックへの愛着を示しており、以下のインタビューでも「僕の興味の根源はフォーク・ミュージック」と語っていたので、その興味の向かっていった先がこのプロジェクトだというのは何とも面白い。

僕のいつもの癖で、またもや前置きが長くなってしまったが、彼らの人となりや、創作へのアプローチ、そして台南からいかに大きな影響を受けているかを理解することでより一層融化橋の音楽を楽しんで頂ける事と思う。拠点の異なる二人揃っての取材をする機会を設けられなかったので、まずは台南在住のジョンへのインタビューからご覧頂きたい。

 


その日、僕らは馴染みのカフェで落ち合った。直前まで聽說Studio(台南で唯一のエクスペリメンタル・ミュージックに特化したイベント・スペース)の店主へのインタビューを行っていたので、その話をしたところ、オーナーであるNigelとAlice夫妻の事はジョンもよく知っていたようで、即座に興味深い話が飛び出してきて、そのままインタビューが始まってしまった。

 

ジョン・タッカー(融化橋)「実を言うと、僕が台南に来て初めて交流したのが彼らだったんだ。台北でMerzbowのライブを観にいった時に、その場にいた人たちが聽說Studioについて教えてくれたんだよ。そこから台南に向かい、ホステルに荷物を置いて、すぐに聽說Studioに向かった。他にする事もなかったしね。通常は事前にアポをとっておくべきなんだろうけど、その時、ちょうど彼らは展示会をやっていて、快く迎えてくれたんだ。それで色々と彼らの活動について話を聞かせてもらった。台湾に来た最初の一年は彼らの近所に住んでたしね。時折、会ったりしていたよ」

――聽說Studioは彼らの住居でもあり、イベントの開催場所にもなっているから面白いよね。ところで、普段は手ぶらが多いと思うんだけど、今日はバッグを持っているね(京都のレコード・ショップ、Meditationsのトートバッグだった)。差し支え無ければ、どんなものを持ち歩いているのか見せてもらえる?

ジョン「最近は本を持ち歩いてるんだ。これは『The Rings Of Saturn』という本で、もう一つは野坂昭如の本だよ」

――野坂昭如が出てくるとは驚きだよ。「The Rings Of Saturn」はSFか何かなの?

ジョン「いや、違うな……。風変わりな本で、ジェイムス・ジョイスのような、ひたすら色んな場所に行くような感じというか。結構クールな本だよ。あと入っているのは思いついたことを書き留めるノートとか……」

 

順調な滑り出しかと思いきや、ここで「ちょっと外に出ないか? その辺りで何か冷たい飲み物を買いたい」とインタビューを中断するジョン。僕は「え、ここカフェだよ」と言いそうになったが、何かジョンなりの考えがあるのだろうし、そもそも彼のインタビューなのだから、と思い、快く応じた。

僕らは早々と店を後にし、近くの売店でお茶を買い、台南公会堂の裏手にある広場、呉園(ウーユエン)へと向かった。確かにその日はいい陽気で、屋外でくつろぐにはもってこいだった。ジョンは芝生に腰を下ろすと靴を脱ぎ、「やっと落ち着いて話せる」とでも言いたげな安堵の表情を浮かべていた。この一連のユルい流れに、僕は台南バイブスを感じた(あるいはカリフォルニア気質か、もしくは単にジョン個人の資質、はたまたこれら全てなのかもしれないが……)。

インタビューに戻ろう。

 

ジョン「今、台南で静かな場所を探すのは難しい。ここは台湾における古都であり、時間の流れもゆったりしていると思われがちだけど、意外と騒音の多い街だと思う。実際、数キロ先には空軍基地もあるしね。道路だって混み合ってるし、道教のパレードだって頻繁にあるから、朝っぱらから爆竹を鳴らしてたりもするし。人口密度も高いから、そこら中で建設工事が行われているよね。

台南はここ数年ですごく発展したんだ。こういった環境に身を置いていると、本当の意味で人が静かな時間を過ごせるような公共の場って一体どんなものだろうと考えさせられる。図書館に行けば静けさは確保されるけど、それ以外だと、音楽もかかってなくて、環境音すら無いような場所はなかなか見つからないよね」

――ここ(呉園)は比較的静かなほうだね。一昨年、語学留学で台南に3か月住んでいたとき、よくここで昼寝してたよ。東京の公園でもできないことはないんだろうけど、色々と人目も気にしてしまうしね。けど、これは自分が外国人だからってことも関係しているのかもしれない。台南人で、ここに住んでたら、ここまで開放的な気分にはならないのかも。

ジョン「それもあるかもね。けど実際、台南の人はよく外で寝ているよね。街を歩けば、家の軒先なんかで気絶したかのように寝ているお年寄りをよく見かけるよ」

――よくいるね。テレビもつけっぱなしで。観ているのかすらわからないような。

ジョン「いまの〈外国人か国内の人間か〉という話について、地元の人間か外国人かで社会から期待される役割も異なるっていう事なんだろうけど、個人的に関心のあるトピックなんだよね。その土地の言語を知らないことは、外国人にとっては明らかなハンディだ。僕は台南にきて4か月くらいまでは中国語が何一つ話せなかった。けどその一方でその状況がとても新鮮で、開眼させられるものでもあった。自分が全く理解できない言語に出会うことで、新たな地平が開けた感じだった。言語が持つ音と意味が切り離されるような感じだね。

この体験が音楽を(母国にいた頃とは)違った視点で作る決定的な動機となったんだ。まず歌詞を書かなくなった。あと、曲の構造にとらわれなくなり、より実験的になった。時間が経つにつれ僕は中国語を覚えていったけど、それでもまだ少ししか理解できなくて、世界の輪郭がぼやけたままだった。そういう体験から音楽が生まれてきたんだ。音楽において、違ったジャンルや要素の境界線を顕在化させるのは時に、とても難しいことだからね。

ピアとの作業も、これまで僕が経験してきたコラボレーションとは全く異なるものだった。例えば、僕たちは曲を作るとき、特にこれといった話し合いをしない。大体がインプロヴィゼーションから始まるから、あらかじめ音の構造を細かくデザインするのとはだいぶ違う。それに、お互いの誤解が新たなインスピレーションを生み出す、なんてこともよくある。

今回のアルバム・タイトル『我們從明天來』は〈私たちは明日から来る〉という意味だけど、このタイトルはとても面白くて、一見、中国語を覚えたての人が〈私は明日来ます〉と言いたいのを文法を間違えてしまったようなニュアンスになっているんだ。けど、これはこれで深い意味があるような気もして、その矛盾が面白いと思ったんだ。このアプローチはアルバムの各曲名にも影響している。そして、そのタイトルが楽曲自体の方向性を決定づけることもあるんだ。

僕はここでは意思疎通に限界を感じた時、より原始的なコミュニケーションに依拠せざるを得ない。例えばボディーランゲージのようなね。もしくは、人の声の抑揚や訛りに注意を向けることで、そのコンテクストを推測することもできるわけで、そういった経験も生きている。一度コミュニケーション能力を失うことで、再出発するような、ある種の謙虚さが沸き起こってくる。まるで子供が言語能力を発達させていく過程を、追体験しているような感じさ」

台南に来てまだ間もない頃のジョン。自室にて
 

――あらゆるものが言語によってラベル付けされたり、分別されたりしていない状態というのは、とても混沌とした状態だろうね。例えばあれが 〈木〉であるとか、〈家〉であるとか、そういう仕切りが無い状態で世界を認識するというのは、大人になってからはなかなか体験できないよね。

ジョン「そうなんだよ。言語というのは、全てにおいて仕切りを作ってしまうんだ。それが記号に過ぎず、物事の全てを説明しているとは言えないのにも関わらずね。人間にとって言語は物事を系統立てて理解するためのツールでもある。だからこうやって外国人としてコミュニケーション能力を奪われている状態だと、物事の捉え方は広大で、詳細についても語るすべがない。僕が思うに音楽において、その傾向は顕著だ。音は互いにぶつかり合い、感覚的で柔らかで、時にはノイジーだったりする。

例えば、アルバム収録曲の“Dinosaur Persona”はとても混沌としているよね。台南もまさにそうだ。さっきも話したように、環境音で溢れていて、混沌としている。もちろん静寂を感じる瞬間も多々あるけどね。それは台南が地理的にも文化的にもメインストリームから外れているからだと思う。

台南の音楽シーンは〈今はこれが主流である〉というような、中央集権的なところがないし、そもそもライブハウスなど音楽を演奏できるような場所も少ない。同じような音楽を聴いているオーディエンスがいるということもない。だからそもそも人は、注目を浴びるために競争をしたりしないし、自分独自の音にフォーカスして、発展させることができる場所だと思う。「もっと聴き手の事を考えた方がいいんじゃないか」とか「これがリスナーにどう受け止められるのか」といった強迫観念から解放される。それは都会に比べてとても自由を感じられるし、台南で音楽をやるメリットじゃないかな」

――それはそうだね。都会は人と物、情報で溢れているが故に、ある程度は合理化せざるを得ないだろうし、自分もその巨大なシステムを機能させる一員として、何か明確な役割を演じることを期待されているようなプレッシャーは感じるよね。

ジョン「そうなんだよ。台南みたいな環境にいると、そういうしがらみがないから、無意識レベルで音を生み出すことができる。住む場所が作る音楽に影響を与えるということもあるよね。「この音はここでは場違いなのではないか」と考えてしまったり。逆に、特定の環境に合うように音楽を作ることもあるし。

けど台南に関していうと、ここに合う音楽、もしくは合わない音楽、が何なのかよく分からないんだよね。それはここが完全に異国で、自分が外国人だからというのもあると思う。そこはまだうまく説明できないところなんだけど……。だけど、さっきも言ったように、台南は静かな一面もあれば本当に騒々しく感じる事もあって。朝の通勤時の道路なんてまるで戦場みたいだし。みんな周りの事はお構いなしで、自分の目的地しか考えてなさそうだよね(笑)。

台南に来て6か月近くは、全く音楽を作っていなかったんだよね。所有していた楽器や機材はほとんどアメリカに置いてきてしまったし、持ってきた物といえば、(Roland)SP-404のサンプラーに、パソコン、オーディオ・インターフェース、あとはマイクぐらいだったから。そしてこれは知る由もなかったんだけど、台湾では楽器や機材のマーケットが本当に小さくて、大抵のものは輸入されているんだ。だから機材を買うとなるとかなり高い。

当初は台南で自分のスタジオを作る予定だったんだけど、何か機材を手に入れるたびに想定の2~3倍の請求が来たりしたから、これでは首が回らないと判断したんだ。だから必然的に、ここ台南で手に入る楽器を使うようになった。古筝、嗩吶、笛子とかさ。嗩吶なんかは道教のパレードでもよく使われているし、台南ではどこにでもあるよね。それらの楽器は、本当にただそこにあったんだ。使っていないものを譲り受けたりして。それらが、自分がここで創造する音の基礎となった」

――それは面白いね。よく「制限こそがクリエイティヴィティの源」的なことを言うけど、まさにそれだ。

ジョン「そうなんだよ。だから自然とこういう流れになったことを幸運に思うよ。僕は当初、何か目的や達成したいヴィジョンがあったわけでもないからね。だから流れに任せて、自ずと進むべき方向性が見えてきた感じかな」

――なるほど、そういう経緯を聞くと、音楽もより深く楽しめそうだよ。

ジョン「もう一つ話したかったのは、楽器には伝統があるということ。例えば、古筝は二千年も前に作られているんだよね。僕はこういう楽器を使った経験がなかったから、弾くときはただ耳に頼るしかない。そういう意味では、(僕たちの音楽は)〈伝統音楽〉というより〈原始的音楽〉だと思う。プリミティヴィズム(原始主義)とは、原初のマインドセットを探求する事でもある。技巧主義というよりは、直感主義だし。

アルバム・タイトル『我們從明天來』にも、そういう意味が込められているんだ。だから、どう弾けばいいのか見当もつかない楽器を前にして、より原初のマインドに戻って音楽と向き合えたと思う。自分の技量不足を認識した上で、何かオーセンティックだと思えるものが出てくるまでやってみる、という。さっきも言ったように、ピアと僕はあまり最初から計画を立てたり、音について話をしたりしないんだ。エディットの段階ではあるけど、それ以前のプロセスにおいてはあまりルールを設けないようにしている。単純に音に浸れる境地を目指すというか、まずそういう状態を生み出すところから始まるんだ」

*融化橋(Melting Bridge)『我們從明天來』ライナーノーツより転載

★後編は近日公開!

 


~今回のおすすめ台湾ミュージック~

Meuko! Meuko! “About Time”

台湾人の友人曰く、〈台湾のダーク・エナジーに満ちた音楽〉。2018年にはAïsha Devi主宰によるスイスのレーベル、Dance NoirよりEP『鬼島 Ghost Island』をリリースしている。Howie Leeとのコラボレーションなど、インターナショナルに活躍中のアーティスト。儀式性を感じさせる重厚なビートと、愛への無常観を歌うコケティッシュなヴォーカルが、得も言われぬエロスを醸し出している。

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