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台南でエクスペリメンタル・ミュージックに特化したスタジオがあると知ったのは去年の夏頃で、馴染みのホステルの女性マネージャーから、「台南の音楽シーンに関心があるのなら、ここは要チェックよ」と手渡された一枚のショップ・カードからだった。ザラついた白地のマット紙と深緑の文字色からは品位が感じられ、店名である 〈聽說(ティン・シュオー) / Ting Shuo Hear Say〉 というロゴと、その下には、〈實驗音樂/experimental music〉や〈工作坊/work shop〉といった活動内容が列挙されている。僕は興味をかきたてられたものの、〈実験音楽〉と聞くと、長時間に及ぶパフォーマンスや難解なコンセプト、耳をつんざくようなノイズや奇怪な不協和音といった類の先入観に囚われていたため、「行くからにはまとまった時間と準備が必要であろう」と少し身構えてしまい、結局行かずじまいのまま数か月が経ってしまっていた。

聽說Studioを訪れる絶好のタイミングが巡ってきたのは、11月に入ってからのことだ。台南ではここのところ毎年、この季節になると、〈LUCfest〉という音楽フェスが開催されている。台北の老舗インディーズ・レーベル、White Wabbit Records(小白兎唱片、以下WWR)が台南市政府も巻き込んで主催しているステージ点在型のユニークなコンセプトのフェスで、室内屋内外問わず、市内の至る所に設けられたステージでライヴを楽しみつつ、ついでに移動の間、台南の観光もできてしまうという、まさしく一石二鳥のよくできたフェスなのだ。WWR独自の審美眼によってセレクトされたラインナップはジャンルも多彩で、若手が多く、台湾にとどまらず世界各国から個性豊かなミュージシャンが集い、インターナショナルなムードも漂う

※今年は、日本からは折坂悠太が出演

金華新路と康樂街口の交差点に設置された〈Tainan Music City Main Stage〉でパフォーマンス中のサンセット・ローラーコースター(落日飛車)。今やインターナショナルな規模で知名度を高めつつある台湾インディーを代表するバンドの一つ
 

そこで会場の一つとして名を連ねていたのが、聽說Studioだったのだ。幸いなことに僕はとあるルートより当フェスには招待枠で参加させて頂ける運びとなった。普段は映画館だったり、文化会館だったりするといった場所までステージに様変わりしているのは市政府まで巻き込んでいるからこそ可能なのであろう。慣れ親しんだ台南の街にヒップなサウンドが溢れる様は新鮮だったし、まだ見ぬ台南を探るべく会場はもちろん全て回るつもりだった。聽說Studioで行われるパフォーマンスもとても面白そうだったので、「これはもう、行くしかなかろう」という状況になったわけだ。

僕が聽說Studioで観たのはサウンド・アーティスト/パーカショニストのLisa Chi-Hsia Lai(賴奇霞)とギタリストのJyun-Ao Caesarのデュオによるパフォーマンスだった。当日は二部構成で、前半となる前衛芸術家・Betty Appleと笙(ショウ)奏者のLI Li-chin(李俐錦)のデュオによるライヴは友人のオススメだったのだが、すでにアポまで取っていた別のアーティストとバッティングしてしまい泣く泣く諦めた。

パフォーマンスの内容としては、僕の実験音楽に対する先入観を覆す、見応えのあるもので、とても面白かった。インプロヴィゼーションと聞いてはいたものの、演奏には無駄がなく、その瞬間、最もふさわしい音だけが鳴らされていた印象だ。そこには間の美学すら感じされ、それはまるでベテランのお笑い芸人同士のフリートークのような洗練された話芸のようにも思えた。ノイズではあるものの、音作りも緻密に調整されていて、聴き心地のいい(?)ノイズだった。不穏ではあるものの、そこにはストーリー性があり、目を閉じて聴き入っていると様々なイメージが湧き上がってくる。最後にBetty AppleとLi Li-chinも交えた四者によるインプロヴィゼーションが行われたのは嬉しい誤算だった。

手前から時計回りにLisa Chi-Hsia Lai、Betty Apple、Jyun-Ao Caesar、LI Li-chin

 

Lisa Chi-Hsia Lai“Flowering”
 
Betty Appleのパフォーマンス映像
 

Jyun-Ao Caesar “2nd guitar solo live, La mala hora”
 

LI Li-chin “MoLi Bomb!”
 

ライヴ終了後、聽說Studioのオーナーの一人であるNigel Brownに挨拶しにいった。これもまた僕の悪い癖なのだが、エクスペリメンタル界隈の人ということで、ちょっととっつきにくい人柄も想定していたのだが、そんな心配を吹き飛ばすくらいに彼はとても気さくなナイスガイだった。観客やアーティストとも積極的にコミュニケーションを取っていたし、フェスの賑やかな雰囲気を楽しんでいるようで、とても好感が持てた。人は見かけによらないとは言うが、僕にあまりエクスペリメンタル系のネットワークが無いが故の偏見で、案外みんなそんな感じなのかもしれない。考えてみると、その界隈のミュージシャンたちはネットワークも強固で、コラボレーションも盛んだし、性質上、即興性を重んじるので、実は物凄くコミュ力が問われるのかもしれない。逆にポップス界隈の人間ほど、近視眼的且つワンパターンなコミュニケーションに陥りがちなのだとしたらなんとも皮肉な話だ。僕は〈LUCfest〉をきっかけに彼らの活動や、彼ら自身の人となりについてもっと知りたいと思い、彼らにインタヴューをさせてもらうことにした。

 

聽說Studioはオーストラリア出身のNigelと台湾人のAlice(張惠笙)の夫妻によって運営されている。ふたりで12 Dog Cycleというユニットを組んでもいる彼らのスタジオは、LOLA(連載第2回第3回を参照)にも比較的近く、住所の表記は民族路となっているが信義街との突き当たりの角に位置しており、ほぼ信義街沿いといっても問題は無かろう。この一帯は閑静な住宅街で、聽說Studioも外観は台南でよく見かける典型的な民家なので、知らない人はそのまま素通りしてしまうかもしれない。僕がインタヴューをしに行ったのは晴れた日曜日の昼下がりで、イヴェントも無く、辺りには和やかな静けさが漂っていた。

Nigelと会うのは〈LUCfest〉以来だったし、その時は挨拶程度の会話しか交わしていなかった。Aliceに至ってはほぼ初対面だ。そんな他人同然の僕が押しかけても、彼らは温かく迎え入れてくれた。そういう所に僕は台南バイブスを感じる。ドアを入ってすぐの大広間、〈聽說空間/ Ting Shuo Space〉は随時ライヴやワークショップなどが行われているため、家具などは少なめですっきりとしていた。僕らは中央に置かれたテーブルにつき、僕がお土産に持ってきた豆花(ドウファー、台湾のデザート豆腐)を食べながら雑談を交わした。気付いたのは、空間が生み出す絶妙な残響だ。これならアンプラグドでも聴きごたえのあるパフォーマンスが可能であろう。なるほど、あえてここにスタジオを構えたのもしっかりとした理由があるのだ。インタヴューはそんな彼らの強いこだわりと活動への信念が感じられるものとなった。