ジャズ・ピアニストでありながらメタル・ファンとしても知られる西山瞳さんによる連載〈西山瞳の鋼鉄のジャズ女〉。今回は連載初のインタビューを実施しました。お相手は、西山さんが心打たれたというニュー・アルバム『日本のヘビーメタル』を4月29日(水)にリリースするTHE冠の冠徹弥さん。ジャズ・ピアニストがメタル・バンドのヴォーカリストにインタビューを行う……とだけ聞くと異種格闘技のようですが、実は関わりの深いお二人だけあって超ロング・インタビューになりました。はたしてどんな秘話が飛び出すのやら……。 *Mikiki編集部

★西山瞳の“鋼鉄のジャズ女”記事一覧

 


今回は、4月29日に『日本のヘビーメタル』をリリースするTHE冠の冠徹弥さんのインタビューをお届けします。

私は、現在発売中の『ヘドバン・スピンオフ 「日本が世界に誇るメタル」欧州進撃追跡レポート号』(シンコー・ミュージックMOOK)に掲載されるクロスレビューのために、一足お先に聴かせてもらったのですが、心揺さぶられる大傑作でした。

まずは1曲目に横溢する気概にノックアウトされ、コロナ禍のキャンセル地獄で弱っていた自分には刺さりまくって、泣きながら鼓舞され、〈おっしゃ頑張るぞ!〉と奮い立ちました。叫び、奮い立ち、泣き、笑い、喜怒哀楽の人生劇場メタルとも呼ぶべきTHE冠のメタルは、メタルとして最高なのはもとより、非常に〈豊かさ〉を感じる音楽なのです。エモーションの豊かさだけでなく、アレンジは非常に細かく変化するし、歌詞やアレンジに引用は多いし、バンドは上手いし、メタル強者の耳に耐えうるストロングな作品にも関わらずポップで楽しくおもしろい。完全にプロの所業です。

私もミュージシャンなので思いますが、音楽で〈おもしろい〉と感じるためには、非常に高度な技術と知識と経験が必要です。余裕でできないと、リスナーはおもしろいと感じることができない。ヘヴィメタルの場合、ミュージシャンもバンドも〈一芸必殺〉型が多いと思うのですが、冠さんの歌唱もバンドの演奏もアレンジも歌っている内容も、重層的で多面的で、非常に幅が豊か。かつ普遍的でドメスティックで、『日本のヘビーメタル』というタイトルに大納得の内容なんですね。

メタル強者でも、メタルを全く知らず初めて聴く人でも楽しめる、とりあえず全員にオススメしたい作品が、この『日本のヘビーメタル』です。これはぜひとも紹介させて下さいということで、インタビューを行いました。

THE 冠 日本のヘビーメタル ハイパーデスラーレコード(2020)


取材協力:高円寺メタルめし
 

西山瞳「今日はインタビューの機会を作っていただき、ありがとうございます。また、『New Heritage Of Real Heavy Metal II』のレコーディングに参加して頂いてありがとうございました(※)。おかげさまでジャズ・リスナーにも冠さんのシャウトを聴いてもらうことができましたし、トラディショナルなビッグバンドに近いスタイルのアレンジに冠さんの普段のメタルの歌唱で乗ってもらって、とても貴重な一曲になりました」

※ヘビーメタルをジャズ・ピアノ・トリオで演奏するプロジェクトの2016年発売アルバム。冠徹弥を迎えた“Decadence Dance”を収録

冠徹弥「いやー、声をかけてもらって嬉しかったですよ。どちらも普段通りでスタイルを変えず、全く流儀を変えてないっていうか、寄せないっていうかね」

西山「今回、新譜を聴かせてもらって感激して、インタビューを企画させてもらいました。制作は全部ご自分の個人事務所でやってらっしゃって、大変じゃないですか?」

「自分でやってます、めっちゃ大変ですよ。でも、もうチームみたいになってるんで。メンバーは勿論、エンジニアさんとか、デザイナーさんとか、ここ数年変わってないチームでやってます」

西山「私、訊きたいこと色々書いてきたんですけど」

「どんどん訊いてくださいよー! 誰も訊いてくれないんで(笑)。自画自賛しかできない」

編集部酒井「西山さんがたいそう感激されていたので、聴いてどういうところにグッときたのか知りたいです。今日は西山さんが企画したインタビューなので」

西山「ぶっちゃけ、一曲目を聴いて泣いちゃって。コロナ禍のキャンセル続きで心も傷んでいた時だったんで、グッと刺さっちゃいました。最初からめっちゃ怒ってるじゃないですか。これまでも最初から強烈なシャウトで始まるアルバムが多かったですが、今までのどれより圧が凄かった」

「タイトルが『日本のヘビーメタル』なんでね。大風呂敷を広げて」

西山「先に『日本のヘビーメタル』というコンセプトにしたいと思って制作したんですか? それとも結果的にこうなったんですか?」

「タイトルをそうしたいと思っていたんです、曲も出来てない頃から。もちろん、ヘビーメタルには根強いファンがずっといますけど、バンドの数も少ないし、突出してBABYMETALみたいなスターが生まれることもありますが、なかなかシーンも活性化しない。でも俺がこれを言うことによって、〈お前が言うな!〉みたいなことにならないかなあと思ったんです。〈いや、俺こそがメタルだぜ!〉って、若いやつでもおっさんでもいいんですけど。こんな格好して、クイズ番組なんかにも出て、そんなお前がメタルを語るのか?って、もっとかかってきて欲しいんですよね。もちろん自分も〈俺こそがヘビーメタルだ!〉って気持ちはあるんですけど、〈じゃあ、やりあおうぜ!〉みたいな。日本のヘビーメタルを盛り上げるために、わざわざ矢面に立つという感じですね」

西山「以前から〈ヘヴィ〉でなく〈ヘビー〉とずっと書いてますけど、それは何か意図してですか?」

「〈ヘビメタ〉っていう略をみんな嫌うじゃないですか。そういう固いこと言ってるから、狭まったシーンになるんじゃないかと思って。〈ヘビメタ〉でも〈メタル〉でもこだわりを持たずに、一般的にも当たり前にある音楽ジャンルとして〈ヘビメタ〉って言われてもええやんって。じゃあお前、カメラマンのことキャメラマンって言うか? シルク・ドゥ・ソレイユいうてるか? ボジョレーヌーヴォーなのか、ヴォージョレヌーボーなのか? どっちでもええやんって。それぐらい、一般に浸透してくれたらいいなと思って。〈ヘビー〉でも〈ヘヴィ〉でも、〈ヘビメタ〉でも〈ヘヴィメタ〉でもいいし。そういう想いがこもってますね」

西山「『傷だらけのヘビーメタル』(2009年)を出したときより、大分世間の見方は変わってるんじゃないですか? あの時こそもっとメタルは下火で、一般にメタルって言葉すらあまり聞こえてくる雰囲気ではなかった。私がメタルを離脱していた時期でもあるのですが」

「もう10年以上前やからねえ。まだBABYMETALもいなかったし。あの時は結構自虐が多かった」

西山「そうなんですよ。以前のアルバムは個人的な話の歌が多い気がしていたんですが、今作はシーン全体へのメッセージという感じがあって、気概がすごいなと思って」

「前のアルバムぐらいからですかね。もう己を蔑んでどうするんだっていう、てめえが撒いた種だろみたいなことを歌い出して。もちろん今でもたまに〈夏フェスで受けへん〉みたいな自虐的な歌も入ってるんですけど、自虐で蔑んでばかりっていうのはもう卒業していいかなって」

西山「やっぱり意識してらっしゃったんですね。全体に向けてのメッセージがとても強いなと思って」

「1曲目から飛ばしましたもんね」

 

【1曲目“日本のヘビーメタル”】

編集部酒井「西山さんが泣いてしまったポイントはどこなんですか?」

西山「とにかく1曲目ですよ。歌詞がヤバいんです。シーン全体を鼓舞するエネルギーに満ち溢れていて」

「LOUDNESSを彷彿とさせるこの入り口ですよね。『日本のヘビーメタル』なんで、大好きであるLOUDNESSに敬意を表して」

西山「普通シンガーって、1曲の中でも声色は多くて2色ぐらいのイメージなんですけど、1曲目から4色ぐらいあって、ハイ・トーンからグロウルまで入れてるじゃないですか。こういうのはテクニカルな見せ方も意識してるんですか?」

「曲に合わせて歌いつつも、サビはしっかりと歌うというのは前提としてあって。AメロBメロは、声をある種楽器のように使って、あとはメロディーに合わせて、この声出ちゃうから使おう、みたいな。歌詞も〈昭和で止まってんな〉とか、ちょっと毒づいてもいるんですけど、1曲目なんで力強くいこうかなと。帯にもあるけど〈令和の最先端ミュージック〉とか言うてますからね。〈無駄なものほど美しい〉とか」

西山「最初から、この曲は1曲目って決めてたんですか?」

「そのつもりで書きました。強い曲ができたし、1曲目から皆で合唱してもらいたいですね。HER NAME IN BLOODのIKEPYが、間奏でウォーって言うてます。あ、基本このアルバムのウォーって言うてるとこ、ほぼIKEPYがコーラスで参加してます(笑)」

西山「曲を書く時は、いつもバンドの皆さんと作業してるんですか?」

「まずは僕が仕上げて、長年やってるエンジニアさんとアレンジを考えます。あとギターのK-A-Zに投げることも多いですね。この曲もそうですけど、1コーラスだけ作ってK-A-Zに丸投げした曲が3曲ぐらいありました」

 

【2曲目“やけに長い夏の日”】

西山「ギター始まり、カッコいいですねえ。“Shy Boy”(デイヴィッド・リー・ロス)みたいで」

「“Shy Boy”と“Hot For Teacher”(ヴァン・ヘイレン)を混ぜて。マシンガンズ(SEX MACHINEGUNS)とツアーを回ってた時の打ち上げで、〈“Hot For Teacher”みたいなライトハンドでピロピロ始まる曲を作りたい〉って言ったら盛り上がって、K-A-Zが〈じゃあ俺ヴァン・ヘイレンみたいなことやるわ!〉って言って、俺が曲書いて(笑)。この曲の仮タイトル“Hot For 冠”でしたからね」

西山「(笑)。最近ロックでもポップスでもシャッフルってあんまり聞かなくないですか?」

「そうですよね。僕らも陽気なシャッフルソング、あんまりやってなかったなと思って」

西山「ライブでめっちゃ盛り上がりそうですよね」

「これは〈夏フェスで滑る〉っていう歌詞で、〈今日はこんな素晴らしいイベントに呼んでくれてありがとう〜! 俺らのこと知ってる人、手あげて!〉〈シーーン〉みたいな(笑)。歌詞はライブによって変えていこうと思ってるんです。絶対盛り上がるんで」

西山「そういうことが実際にあったんですか?」

「過去には(笑)。たまに全くジャンルの違うイベントに混ざると、客いっぱいやのに、地蔵しかおらんみたいなこともあって」

西山「歌詞は普段から書き溜めてるんですか?」

「一言一句しっかり考えてはいるし、たまに接続詞間違ったなーって時もあるけど、書き溜めたりはしてないんです。曲が出来てから書きます。アルバムに1曲くらいは歌詞を先に作る曲もありますけど、このアルバムだとさっきの“日本のヘビーメタル”ぐらい」

西山「(ギター・ソロ中に)あ、かっこいいー!」

「俺もギター・ソロ中に〈速弾きしてますよ〉とか、〈上手やわ〜〉言うてます。リスナーさんたちから、〈こっちが言わせてくれ〉って怒られそうですけど」

西山「他の曲もそうなんですけど、同じ部分でも後半でアレンジが変わってることが多いじゃないですか。実はすごく細かくアレンジが変わってますよね。あれ、ミュージシャン的には、ライブ前にバッチリ覚えるのが大変そうやなって思うんですけど」

「サポートメンバー達は苦笑いですよ。ややこしくしやがってって(笑)。〈どうせ2番も一緒やろ〉みたいなのは嫌いで」

西山「よく聴いてみたら、譜面に起こした時、結構長い譜面になりそうだなって思って」

「そうなんですよ。歌詞も繰り返したらいいのに全部違ったりするんで。レコーディングの時失敗したなって思いますよ(笑)」

 

【3曲目“ZERO”】

西山「アルバム1枚のレコーディングって、どれぐらいかかってるんですか? ちなみにジャズの録りは2日しかかかりません」

「まあ1か月ぐらいですかね。その前に、アレンジを全部固めるのにもっと時間かかるんですけど。なので、実は今作を録音したのは3月入ってからなんです。4月29日発売で3月録音って、めっちゃ遅い。何だかんだこだわって、いっつも締め切りギリギリになっちゃうんですよね。でも納期は絶対守ります(笑)」

西山「レコーディングスタジオを押さえるのもご自分で?」

「ギターとかは最近は離れていても録音できるけど、ドラムだけはスタジオで録らないといけないし。今時、ドラム生音でやってますからね。メタルバンドってどれも同じようなドラムの音で、あれが嫌いなんです。バチっと張り付いていて全部クリアで。〈またこの音か! そんなバカな!〉って。本当のドラムって絶対に強弱がつくし、2バスを踏んだら裏拍のほうがちょっとだけ弱くなるはずだし、なのにあんなしっかり全部聴こえるなんておかしいってことで、我々は生々しくやってます」

西山「じゃあ音作りは、製品としてバッチリ仕上げるという考え方じゃなく、ライブ感がそのままある方が好きなんですか?」

「もちろん多少直したりはしてますけど、やっぱり生の音でちゃんと聴かせられるメンバーだから、ライブ感も残しつつ製品としてもちゃんと聴かせられるものになってるってことですね」

 

【4曲目“キザミ”】

西山「この曲、テンポは速いけど仕掛けが多いですよね。どんどん変わっていくし作り込みが細かいです」

「普通に聴いてる人は流して聴けるけど、1番と2番でAメロのリズム展開は全部違うし、Bメロも変えてるし、でもそういうのは全部サビでパッと開くための緊張感で、サビをわかりやすく聴いてもらうためなんです。こんなポップなシンコペーションなんて、普段あんまり使わないんですけどね」

 

【5曲目“FIRE STARTER”】

西山「この曲もすごくおもしろくて、歌詞も今っぽくて」

「コロナ禍より前に書いた歌詞ですけど、ネット上でデマが流れて、今って何がほんまか分からないじゃないですか。そういう状況を、デマを流す側の立場で歌ってます。何でも社会のせいにして、わざとデマを流して炎上させるろくでもないヤツの様を歌ってます」

西山「本来であれば陰湿なテーマでも、メタルで歌うと本当おもしろくなりますよね。これも1曲のなかでの歌い方の変化が本当に効いていますけど、メタルでこんな歌唱のヴァリエーションあるシンガーって他にも沢山いるんですか? 冠さんが芸風広すぎなのか、こんな人、冠さん以外あまり思いつかない」

「それは昔からいろんな声を出そうと試行錯誤した結果ですね。ただガナるだけも嫌やし、デス声だけ、綺麗に歌うだけっていうのも嫌やし。活動していく中でちょっとずついろんな歌い方を編み出していったんです」