ジャズピアニストでメタラーの西山瞳さんによるメタル連載〈西山瞳の鋼鉄のジャズ女〉。第88回で取り上げるのは西山さんが心酔する新鋭バンド、スリープ・トークンです。リリースされたばかりのニューアルバム『Even In Arcadia』はメタルファンの間だけでなく音楽シーン全体で大きな話題になっており、全米・全英チャートで1位を獲得。そんなスリープ・トークンの魅力とは? 西山さんならではの視点で綴ります。 *Mikiki編集部

2014年に「Jazz The New Chapter」というムック本が発売され、日本のジャズシーンに大きな影響を与えました。
それまで歴史を追ったガイドブックが主流だった中、年代ごとではなく水平に越境しつつ広がる現代ジャズを網羅的に紹介した本で、特に若いリスナーへアプローチし、ジャズ=1940〜1960年代のモダンジャズの固定観念から脱却し、ジャズ観を広げる役割を果たしました。
それを踏まえて、「Metal The New Chapter」があるとすれば、その代表格であろうバンドが、スリープ・トークンだと考えています。
これがヘヴィメタルであるかと問われれば、なんとも返答し難い。しかし、このバンドの音楽の重要な部分は、明らかにメタル。ジャンル区分が意味をなさないほど、スリープ・トークンの音楽は多方面に開かれており、私はこのバンドの可能性と、このバンドが起こす未来を想像して、とてもわくわくしています。
そして、そのスリープ・トークンのニューアルバム『Even In Arcadia』が、5月9日にリリースされ、世界的にチャートを席巻しています。日本盤の発売は6月25日です。
そのスリープ・トークンとは。
2023年のアルバム『Take Me Back To Eden』は、2023年のベストアルバムの一つに入れました。
メンバーは覆面姿、ボーカルのみヴェッセルという名前がありますが、ドラムの名前がII、ベースがIII、ギターがIV、3人の女性コーラスがエスペラと、徹底して匿名です。
『Take Me Back To Eden』が素晴らしかった上、匿名性とビジュアルが謎めいているのが気になって、SNSをフォローし、遡って過去作を聴くようになりました。
メタル方面からは明らかにメシュガー以降のジェントの流れもあり、ドゥームのようなアプローチもあるのですが、ボーカルはR&B的な歌い方をするし、ヒップホップの要素もあり、ゴスペルの匂いもする。ピアノやサックスなどアコースティック楽器の使い方も、非常に巧い。スケールの大きな音作りで、とにかく非常に重層的。メタルとは括れない多ジャンル音楽のミックスした複雑な音楽なのですが、とてもポップ。
“Nazareth”で顕著に思ったのですが、スリープ・トークンを聴いていると、時折コンテンポラリーゴスペルのバンドのサポートをしていた時の感覚を思い出すんです。
当時、カーク・フランクリン、カート・カー&ザ・カート・カー・シンガーズなどの曲を演奏していて、強いグルーヴの中でフィジカルに感じる感動があり、それとは別に、何か内面に入り込んでくる不思議な力、音楽と心身ともに合体する歓びがあったのですが、表面的にはあまり関係ないのに、不思議とその感覚を思い出すのですね。