今そこに鳴っている音楽だけではない、さまざまな音の〈気配〉を感じる――。
原 摩利彦の『PASSION』と角銅真実の『oar』、今年リリースされた2枚の新作はどちらもそんな気配に満ちたアルバムだった。かたやピアノを中心としたインストゥルメンタル、かたや歌を中心としたアンサンブルという違いはあれど、このふたりが作り出す音楽にどこかしら共通のものを感じているリスナーも多いことだろう。
ピアノが紡ぎ出す美しいメロディーと、電子音も含むエクスペリメンタルな音響で、心象風景を喚起するようなサウンドスケープを描き出す原は、坂本龍一やダムタイプの高谷史郎、野田秀樹らビッグネームからの信頼も篤く、音楽シーンのみならず現代アートや演劇といったフィールドでも活躍する気鋭のアーティストである。
そして角銅は、東京藝術大学で打楽器を専攻し、パーカッショニストとしてceroをはじめさまざまなアーティストのサポートをする一方、浮遊感のある歌声でシンガー・ソングライターとしても独自の世界を提示するマルチな才能の持ち主。今年1月にメジャー・デビューする以前から、彼女の存在はインディー界隈で注目されていた。
今回の対談企画では、そんなふたりにお互いの音楽についての感想や、訊いてみたい質問、音楽制作の方法などを自由に語り合っていただいた。ゆったりと西の言葉で話す原と、ふわっとしたオーラを纏った角銅の会話は、それ自体が静かな音楽のようで、初対面にもかかわらず、心地よく親密な時間が流れていく。そのなかから時折、ふっと深淵をのぞき込むかのように、本質を突く言葉が顔を出す。音楽とは、人間とは、創作とは? あらためて見つめることの大切さを、ふたりは教えてくれる。

原 摩利彦と角銅真実、初対面だけど近いふたり
――原さんと角銅さんは今日が初対面(取材はオンラインで行われたので実際にはPCのモニター越しだった)とのことですが、お互いに存在は知っていたという感じでしょうか?
原 摩利彦「はい、もちろんです。共通の知り合いが多いので。エンジニアのzAkさんもそうですし、『oar』のクレジットを見ても、ストリングス・アレンジを担当している網守将平くんや、フィールド・レコーディングで参加している大和田俊くんなど、知り合いの名前がたくさん」
角銅真実「ああ、そうなんですか!」
原「だから、僕はけっこうナゾだったんですよね。『oar』は歌のアルバムなのに、参加している人たちが、エクスペリメンタルなこともやっている網守くんとか、サウンド・アート寄りの大和田くんとか、あと即興シーンの人たちも近いところにいますよね。一体、角銅さんってどういう人なのかな?と思っていました」
角銅「私はダミアン・ジャレさんの舞台※の音楽で原さんのことをはじめて知って、なんだか夢の中の人みたいな、どことも関係せず、ただ宙にぽって〈おる〉っていうイメージでした。この音楽を作っている人は本当に存在しているのだろうか?って」
原「ああ、残念ながら存在してしまいましたね。すみません(笑)」
角銅「今、しゃべっていてすごく不思議な感じです」
原「角銅さんは東京藝大ご出身ですよね。バリバリエリートなんですよ。だけど、そういった経歴とかが前面に出ないところが面白いなと思って」
『PASSION』は〈怖い〉アルバム
――お互いの新作アルバムをお聴きになっていかがでしたか?
角銅「『PASSION』、素晴らしかったです! と同時にちょっと怖くて……。寝ているとき、明け方にちょっと目が覚めて、起きようとするとズンッて落ちることってあるじゃないですか」
原「ああ、ありますね」
角銅「そのとき、このまま落ちたらどこに行くんだろう?って思うのですが、それに似た怖さを感じました。それは原さんが音楽に向かっている、そのエネルギーなのかも。建物としてはオープンで、美しくて、誰でも入って行けるけれど、入ってみたらズンッみたいな、無意識の世界にあるものを感じました」
原「ありがとうございます。そこはちょっと意識しているところではあるので、そういう風に捉えてもらえたのは嬉しいとともに、意図したことがある程度は成功しているのかなと」
角銅「めっちゃ成功してるんじゃないですか」
原「入り口は広くしておかないと、いろいろな人に聴いてもらえないですからね。そのまま落ちずにすうーっと出て行く人もいるでしょうけれど、聴き方によっては、より深いところまで行けるというのが理想ですね」
角銅「最後から2曲目の“Confession”、あれは本当に怖い。何回か〈ああ、戻れなくなったらどうしよう?〉ってなりました」
原「角銅さんの『oar』は1曲目の“December 13”から引き込まれました。ごく自然体なのに、ループになるところがずっと耳に残って。いろんな不思議な音も入っていて、いいですよね。
あと“6月の窓”の終盤でリヴァーブのきいたギターが入るところがあるじゃないですか。そこが僕にとっての〈落ちる瞬間〉でした。そこまではメジャーのアルバムらしい?、スタジオで作った音がしていたのに、急にそこでスポーンと異質な音が現れる。ハマるポイントですね」
――なるほど、そういった共通点があるのですね。
音楽に名前をつけるということ
原「それと、角銅さんに訊いてみたいことがあって。“December 13”とか“November 21”とか、日付がタイトルになっている曲がいくつかありますよね。前作のアルバムでもありましたが、角銅さんにとって日付のタイトルというのは、どういう意味を持っているのでしょう?
僕の感覚だと日付のついた曲ってインストゥルメンタルだったり、ちょっと声は入っているけど抽象的なアプローチの曲だったりすることが多い気がするのですが、角銅さんのはメロディーも歌詞もあって、けっこうしっかりした歌ですよね。普通のタイトルがつけられたほかの曲と変わりがないようにも思えますが、どういった気持ちで日付のタイトルをつけているのか、すごく気になったんです」
角銅「あんまり深く考えてないのですが、日付ってやっぱり強烈な数字ですよね。だから、それ以外に言いようがなくてつけてるっていうのはあります。
あとまあ、音楽に限らず、私は名前をつけるという行為が、そこまで自然に自分の身についていなくて……。原さんはいつもタイトルをどうやってつけているのですか?」
原「僕はわりと楽しんでつける方ですね。たとえばいちばん最後の“Via Muzio Clementi”というのは、イタリア語で〈クレメンティ通り〉という意味で、去年、アルバム制作のためにローマで借りたピアノつきのアパートがあった通りの名前でした。作曲家のクレメンティが生まれた通りなのだそうで、その部屋で作った曲に、同じ名前をつけたという。
タイトルをつけるときは、音楽を聴いて想像したものと、タイトルを見て連想するもの、その両方があって、揺れ動くような感じになればいいなと思っています」
音楽の作り方がわからない
――先ほど、入り口は広くしておいて、入っていくとより深い世界を感じられるというお話をされていましたが、親しみやすい部分とエクスペリメンタルな部分、その両面のバランスは意識して作っているのでしょうか?
原「僕の場合は、まずはっきりとしたピアノのメロディーが入り口になると思うのですが、そこは意図してやっています。
でも、自分の表現したい音楽はピアノ・ソロだけではなくて、今回のアルバムだと後半にある電子音響の抽象的な織物のような曲も聴いてもらいたいので、ピアノからはじまって、だんだんとそちらの方へ向かって行くように構成しています」
角銅「私は、うーん……。意識しているのか、していないのか、なんですかね」
原「あんまり意図的にはしていない?」
角銅「していないけれど、自分のなかでは〈絶対こう〉っていうのはあって……。そう言われてみれば、今までどうやって作品を作ってたんだろう?って、頭が混線して、わからなくなってきちゃいました。すみません」
原「ああ、僕も曲を作ろうとしてピアノやコンピュータに向かってから、〈あれ、今までどうやって作曲してたっけ?〉って忘れることがありますよ。〈いつもこうやって作曲します〉とインタビューなどでメソッドを語る人もいますが、僕は決まった手順みたいなものはなくて」
角銅「私もあんまりないですね」
原「でも、なんとなく手を動かしているうちに、ゾーンに入るというか、集中していくっていうこと、ありません?」
角銅「あります、あります」
――それは頭のなかに浮かんだ音楽を、アウトプットする方法が分からなくなるということですか?
原「いや、頭のなかにも、なにもないかもしれないです、そういうときは。なにか曲を作らなくちゃいけない、でもなにからスタートすればいいのかとなったときに、〈あれ?〉って。
で、ピアノだったらすぐに音が出ますけど、コンピュータの場合はまずプロジェクトを立ち上げたり、ファイル名をつけたりしなければならないわけで。そんなことをしているうちに、またなにをするのか忘れたりして」
角銅「すごくわかります」
ギターは人間にとって便利な形をしている
原「角銅さんはギターを弾きますよね。ギターで作曲したりもするんですか?」
角銅「ギターは、じつはコードとかは弾けないんです。チューニングもめちゃめちゃにして弾いているので、自分が思ってもいなかった音が出たりする。その感じが面白くて、作曲をするときは、よくギターで音を出して、そこからなにかを広げていくみたいな方法を試したりしています。
あと、ギターって、よくもあんなに便利な形をしているなって思いません?」
原「形ですか」
角銅「バナナみたいですよね。持ち手があって、持ち運びも便利で、どこでも皮を剥いて食べられて。
私はいつも、この世に人間として生まれたのがはじめてだという気がしていて、誰もが当たり前に持っているイメージを信じていない部分があるんです。だから、意味を解体したり、別の意味に組み替えたりすることが大好きで。
音楽をやっているときも、自分が人間だという意識で演奏することはあまりありませんでした。けれど、ギターという楽器を手にしたとき、そういう形によって、自然に人間という立場としての歌が出てきたんですよね。私にとっては、そういう楽器です」
――人間が抱えて歌うという行為にフィットした楽器なんでしょうかね。
角銅「そうですね、形もそうですし、弾くときのフォームもそう。私は、予想外の音を見つける遊びとして、そして自分が歌を歌うための道具として、ギターを弾いています」
抽象性をどう音楽で表現する?
原「角銅さんって、きっとものすごく音楽的な訓練をして、勉強もしてきたと思うんですよ。それを踏まえたうえで、こうやってまっさらに音楽を捉えるというか、純真でいられる感じがいいですよね」
角銅「なんというか、自分の内側と外側に、大きな距離があるんですよね。意味を分かっているようなことでも、じつはあんまり分かっていない気がして、1回全部をチャラにして考え直すクセがある。知ったことをもう一度自分でわかり直したい。原さんはそういう感覚、あります?」
原「〈内側と外側〉という感覚は分かる気がしますが、そういった抽象的な概念をどうやって音楽で表現するかですよね。
僕の場合は主にインストゥルメンタルだから、歌がなくて、言葉もない。言葉があったとしても曲のタイトルぐらいなので、それを利用して、ちょっと言葉を添えて意味を持たせたり、雰囲気を醸し出したりしながら自由にできるんですけど、歌の場合は具体的な言葉が必要じゃないですか。そのあたり、角銅さんはどうしてるのだろう?とは思いますけど」
角銅「歌に、言葉が出てくることが?」
原「はい、とくに角銅さんは〈人間じゃない〉感覚で音楽をやっているんですよね。でも、人間の大きな特徴は、やっぱり言葉だと思うので。そこが面白いですね」
角銅「そうなんですよね。だから私も、なんであんな歌の作品を出したんだろう? って」
原「バッチリ歌のアルバムですよね(笑)」
角銅「ただコードとメロディーと素材の音だけで、言葉がなくても音楽は作れるのに、なんで人ってわざわざ言葉で歌うんだろう?って思ったんですよね。嬉しいとか悲しいとか楽しいとかっていう感情を表現するのに、音楽だけでいいのに、それを言葉で言っちゃうのが単純に面白かったんです。音楽にある種の奥行きが出て意味が変化することも。
私はこれまで人に関わることが人生のなかであんまりなかったのですが、大学を卒業してからのここ数年は、いろんな人と関わりながら音楽をやって……人間になろうとしているんですかね。この2ヶ月ぐらい、ひとりでゆっくり時間を持てるようになって、〈なんでああいったアルバムを作ったのかな?〉とか、〈音楽ってなんだっけ?〉とか、ぼうっと考えてるんですよね、ずっと」
コロナ禍によって与えられた考える時間
――新型コロナウイルスの影響でずっと家にいる日が続いて、いろいろと考える時間があったかと思います。原さんは『PASSION』のリリースにあたり、〈音楽家として、これから訪れるであろう幸せも苦難も、すべてを受け入れる強い気持ち(=PASSION)を込めてこのタイトルをアルバムにつけた〉とコメントしていらっしゃいましたよね。その言葉が、今となっては予言のように響くわけですが。
原「あのコメントは、去年の8月にデモが仕上がったとき、音源と一緒にレーベルに送った文章でした。そのときは、あくまで僕の一個人としての決意だったのですが、今はもう、〈受け入れる〉っていう状況が、自分だけでなく世界中のことになっているわけじゃないですか、それも共通した問題で。自分が出した言葉が、状況が変わると、こんなにも意味が変わるのかっていうことに驚きましたね」
――角銅さんは、どんな日々をお過ごしですか?
角銅「私は今、歴史を近くに感じて日々を過ごしています。あらためて自分は、歴史とつながっているんだなあと。
私は長崎に生まれて、今は東京に住んでいるわけですが、地元とか自分のルーツとか、そういうことを考えています。大学ではいわゆる西洋音楽を中心に学んだけれど、自分は日本人で、日本でこれを学ぶ意味はなんだろう?って、自分との接点を探す時間が長かったんですね。だから、最後は自分の中で構築したものしか真実ではない、というか、あんまりどこともつながれない感覚、歴史とか世界とか、そういうものから切り離されて、個として、命としての自分が宇宙にぽつっているような感覚の方が多くありました。
でも今回、世界がみんな同じ問題に見舞われて、考える時間がたくさんできて、いろんな国の知り合いと連絡を取り合ったりするなかで、そういった感覚が少しずつ変わってきたような。歴史や世界の流れに自分はつながっているんだ、それがつながって文化みたいなものになるんだって。そんな気がしている最近です」
原「僕も本を読んだり、考えたり、書いたりする時間のなかで、いろいろ考えましたね。それと同時に、6月はじめに自分のソロ・アルバムの発表があるということが、僕にとってはものすごく励ましになっています。
もし、今がソロ作品を出す時期ではなくて、外部の仕事だけだったとしたら、それらがどんどんなくなって、厳しい時期になっていただろうなと。金銭的な意味ではなく、心の問題として。自分の作品を出すための準備をしている今は、しっかりと指針を持って生き続けられる感じはしますね。だから、いい時期だったかもしれない」
楽譜を書く角銅、書かない原
――アルバムのことに話を戻しますが、曲を書くだけでなく、アレンジする作業がありますよね。そのあたりは、どのようにしていますか?
原「それは僕も、角銅さんに訊きたいと思っていました。僕の場合は、基本的にミックスまで自分で全部やっていますが、たくさんのミュージシャンとアンサンブルしている角銅さんの場合はどうなんだろう?って」
角銅「網守君にはストリングスのアレンジを2曲だけお願いしましたが、そのほかは全部自分でアレンジしています。しかも今回のアルバムでは、楽譜をけっこう書いていて」
――ここは即興なのかなと思った部分もありましたが、楽譜に書かれていたのですね。
角銅「だいたい書きましたね。あと私はライブごとにアレンジを毎回変えるんですけれど、今回収録した曲は、これまでに何回もライブでやった曲が多かったので、アレンジのストックがいっぱいあったというのもあります。そこからいろいろ引っぱり出してきたりとか」
原「ライブでアレンジを変えるというのは、僕も同じです。でも僕の場合は、楽譜をあんまり書かないので、ピアノの指の押さえ方が毎回ちょっと違ったりとか、そんな感じですけど」
――原さんは楽譜を書かないのですね。ちょっと意外でした!
原「手書きでパッとメモするぐらいで、どちらかというと〈書道家〉です。わりと即興的。それにしても角銅さんは、自分でアレンジされるんですね、面白いな」
角銅真実はまだ手の内を明かしていない?
――おふたりの音楽は、映像、舞台、アートなど、視覚的なものとの親和性が高いという共通点もあるかなと思ったのですが、原さんは実際に多くの映像や舞台の音楽を手がけていらっしゃいますよね。
原「もともと映像に音をつけたり、映像を喚起させるような音を作ることが好きなので、そういう意味では、自分の作品は〈引き〉の音楽なのかなと思います。
今回のアルバムでは、音楽だけで自立するような強度を持たせつつ、映像も浮かんだらいいなと。それとは別に、映画のサントラとかは、これからたくさんやってみたいですね。角銅さんはどうですか?」
角銅「映像と音楽、やってみたいですね。ショート・フィルムとかの音楽はたまに作ることがありますが」
原「『oar』の“Lantana”という曲で、中盤に歌がないところがあるじゃないですか。あそことか、本当に映画みたいに映像を想起させますよね。だから、ぜひ映画音楽をやってくださいよ」
角銅「やりたいです!」
原「アンビエントというか、持続音があるような音響の曲を作ったりしようとは思わないんですか?」
角銅「すごく興味ありますし、誰に聴かせるでもなく、作ったりしています」
原「そうなんだ。角銅さんの曲を聴いていても、まだ絶対に出していない部分があるんだろうなと思うんですよね。〈ああ、これまだ手の内を明かしてないな〉って。機会があったら、いつか一緒に作りましょうよ、そういうの」
角銅「わあ、嬉しいです! ぜひ!」
原「角銅さんって、今日こうやってお話するまでは、すごい厳しい人なんだろうなと思ってました(笑)」
角銅「えーー!!」
原「僕もよく、繊細で気難しい人みたいなイメージを持たれるんですが、そんなことはないですからね」
――今日はオンラインでしたが、実際にお会いできるといいですね。素敵なコラボレーションも生まれそうです。
原「ぜひ、お会いしたいですね」
角銅「原さんは、オンラインで呑み会をされたりするんですか?」
原「この間しましたよ。それぞれ面白い格好をして」
角銅「どんな格好をしたんですか?」
原「横綱って書いてある浴衣を着て出ました」
角銅「いいですね!」
――このままオンライン呑み会に突入してもよさそうな雰囲気ですが、今日はこのあたりで。楽しいお話をありがとうございました。
INFORMATION
オフノオト
〈オンライン〉が増え、コロナ禍がその追い風となった今。人や物、電波などから距離を置いた〈オフ〉の環境で音を楽しむという価値を改めて考えるBeatinkの企画〈オフノオト〉がスタート。写真家・津田直の写真や音楽ライター、識者による案内を交え、アンビエント、ニューエイジ、ポスト・クラシカル、ホーム・リスニング向けの新譜や旧譜をご紹介。
フリー冊子は全国のタワーレコードやCD/レコード・ショップなどにて配布中。BeatinkのSNSでは設置店舗も募集中! 原 摩利彦、agraph(牛尾憲輔)による選曲プレイリストも公開。
