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Music For Cars=車のための音楽とThe 1975のアンビエント

これまでの作品は全て〈Music For Cars〉期に位置づけられ、『Notes On A Conditional Form』はその最終作にあたるとThe 1975のフロントマン、マッティ・ヒーリーは明言している。そもそも〈Music For Cars〉というのは2013年に出された彼らの3枚目のEPのタイトルだ。この題から想起されるのはなによりブライアン・イーノの『Ambient 1: Music For Airports』(78年)であり、イーノが〈興味深いが無視できる(as ignorable as it is interesting)〉と自ら形容した〈アンビエント〉の概念を明確にした最初の作品を〈空港のための音楽〉と名付けた史実から連想されるように、The 1975は自らの活動に〈車のための音楽〉と銘打ったのはそこに〈アンビエント〉性を込めていたからに他ならない。

実際、『Music For Cars』EP収録曲5曲の中にはノンヴォーカル、ノンビートの曲が複数含まれており、ヴォーカルも他の音に溶け込むかたちで加工されていることからもわかるとおり、彼らはそもそもアンビエント志向を持ったバンドであった。その3曲目に収録された“HNSCC”という楽曲を弦楽器中心にリアレンジしたのが今作の3曲目に収録された“The End (Music For Cars)”であり、初期作から最新作への連携は明らかである。

『Notes On A Conditional Form』収録曲“The End (Music For Cars) ”

さらに、ブライアン・イーノのプレ・アンビエント作品とでもいうべき75年の『Discreet Music』には“パッヘルベルのカノン”の弦楽演奏を再構成した楽曲が収録されているが、“The End (Music For Cars)”のいささか通俗的に響くストリングス・アレンジは、このイーノの4枚目のソロ・アルバムへのオマージュに聴こえる。The 1975がイーノ同様、自らの音楽を〈環境〉として捉えているのは疑い得ない。そして、彼らを取り巻く環境を象徴するものが〈車〉であった。

ブライアン・イーノの75年作『Discreet Music』収録曲“Fullness of Wind”。『Discreet Music』のB面には“パッヘルベルのカノン”を再構成した〈パッヘルベルのカノンに基づく3つの協奏曲(Three Variations On The Canon In D Major By Johann Pachelbel)〉が収録されている(指揮はギャヴィン・ブライアーズ、演奏はコックピット・アンサンブル)

マッティ・ヒーリーが語る物語には車が多く登場する。車でクラブへ行く、車の中でドラッグにふける、車の中でラヴ・アフェア(というか性交渉)が始まる。彼らの青春にとって、車は特権的な場所なのだ。付言すれば、The 1975の前身バンドの名前は〈Drive Like I Do〉という。

 

エモのメロディー、そしてジョン・ヒューズの映画

Drive Like I Doの非公式デモ音源がYouTubeで現在聴くことができるのだが、驚くほどにストレートな〈エモ〉である。それもマイ・ケミカル・ロマンスやパニック!アット・ザ・ディスコ以降とでも言えるような、メロディック・パンクをシアトリカルに発展させた〈エモ〉ではなく、ミネラルやアメリカン・フットボールといった90年代のバンドを想起させる、USハードコア・シーンから地続きにある〈エモ〉だ。

ドライヴ・ライク・アイ・ドゥの楽曲“Lost Boys”

The 1975の影響元として多く言及されてきたのは80年代のポップやブルーアイド・ソウルだった。90年代以降、〈ダサい〉、〈商業的な〉ポップとして見向きもされなかった音楽を、突如2010年代のポップ・フィールドに蘇らせたのが彼らThe 1975だと。たしかに、アタック音を抑えた平面的なカッティング・ギターやゲート・リヴァーブのかかったスネア・ドラムからは、80年代の匂いを嗅ぎ取ることができる。

しかし、それ以上にマッティ・ヒーリーのヴォーカリゼーションやメロディーメイクに色濃く表れているのは、90年代以降のエモ・シーンの影響だ。低音部でのブレスを含んだささやき声や、高音部で緊張感を高めるハスキーな歌声は、エモ以降の歌唱の特徴である。

メロディーに関して最新作を例に取れば、UKガラージ風の“Frail State Of Mind”のメロディーラインや隙間の作り方はアメリカン・フットボールの“Never Meant”(99年)を思わせるし、いかにも80年代風情のサックス・ソロが入った“If You’re Too Shy (Let Me Know)”のヴァースでの掛け合いのメロディーは、スウェーデンのエモバンド、ラスト・デイズ・オブ・エイプリルの“It’s On Everything”(2004年)に近似している。むしろデビュー後の彼らは、エモの影響を別のかたちで表現するために、ブルーアイド・ソウルやダンス・ミュージックの形式を選択していたように思える。

『Notes On A Conditional Form』収録曲“Frail State Of Mind”“If You’re Too Shy (Let Me Know)”

マッティ・ヒーリーはアメリカの映画監督、ジョン・ヒューズからの影響を度々公言している2。「ブレックファスト・クラブ」(85年)、「フェリスはある朝突然に」(86年)といったヒューズの代表作は、アメリカ郊外のティーンエイジャーの人間模様をコミカルに演出しながら、彼らが抱える家族に対する葛藤や将来への不安をあぶり出していた。若者の個人的な感情や物語は、まさにエモがフォーカスした対象である。マッティにとって、ヒューズの映画とエモは密に通じている。

そして前述した通り、〈Drive Like I Do〉の名前でバンドをはじめた4人にとっての〈個人的な物語〉は、〈車〉という環境によって駆動していたし、「ブレックファスト・クラブ」と「フェリスはある朝突然に」は共に車のシーンが重要な意味を有している。こうして、〈エモ〉と〈アンビエント〉は〈車〉という象徴によって一つに結ばれる3

2 ジョン・ヒューズからの影響についてはこちらの記事を参照→https://www.npr.org/2013/10/22/239678245/the-1975-influenced-by-the-80s
3 The Faceの企画でマッティは彼自身のヒーローたちと対談しているが、そこにはブライアン・イーノとマイク・キンセラ(アメリカン・フットボール、キャップン・ジャズetc.)が含まれている。アンビエントとエモからの影響に彼が意識的であることが読み取れる