2017年、当時、自身の故郷であるフィリピン・マニラで活動していたノー・ロームは、The 1975のフロントマンであるマシュー・ヒーリーによる猛烈なアタックを受け、彼らが所属するレーベル〈ダーティ・ヒット(Dirty Hit)〉と契約を結び、活動拠点をロンドンへと移した。自らの人生を大きく変えることになったこの出来事について、本人は次のように語っている。
「彼らは、僕に可能性を見出してくれた。彼らの後押しがあったからこそ、もっと音楽を作りたいと思えたんだ。制作意欲を掻き立ててくれるあの環境にいることが出来ているということ自体が、すごくナイスだと思う」。
その言葉が示す通り、レーベル契約以降の彼はThe 1975は勿論のこと、ビーバドゥービーやジェイ・ソム、ベアフェイス、A. G.クックといったジャンルもバックグラウンドも異なる様々なアーティストと共振しながら、インディーロックやR&B、UKガラージにハイパーポップまでを飲み込んだ独自のアイデア、そしてテクスチャを持つ〈ポップミュージック〉を構築してきた。今年の3月にリリースされた、The 1975とチャーリー・XCXをフィーチャーした“Spinning”に刺激を受けたリスナーも少なくないだろう。
2021年12月3日にリリースされた『It’s All Smiles』はこれまでEPやシングルを中心にリリースを続けてきたノー・ロームにとって初のフルアルバムであり、自身のルーツの一つであるギターサウンドを軸として、これまでに取り組んできた音楽的実験の数々や自身の経験を一つの作品へと昇華させた記念碑的な一枚である。故郷であるマニラと活動拠点のロンドン、ミネアポリスの3箇所で実施された今作の制作における背景や、インスピレーションの源となった作品や出来事、そしてテクスチャを描く上でのこだわりなどについて、ノー・ロームに語ってもらった。
初のアルバムに貢献したBJ・バートンとサチ・ディセラフィーノ
――今作は遂に初めてのフルアルバムということで、待ち望んでいたファンも多いかと思います。今回のアルバムの制作はいつ頃からスタートしたのでしょうか?
「結構前だね。たぶん2018年くらい。2018年の時点では、もう数曲出来ていたから。あ、もしかしたら2017年かもしれない。“Remember November / Bitcrush*Yr*Life”なんかの歌詞は2017年に書いていた記憶がある。メロディーもその時にある程度できていて、2020年に形を整えたんだ。
本格的にアルバムを作る作業を始めたのは2020年。2019年の時点でコンセプト的なものは頭にあって、2020年に入ったらアルバム作りを始めようと考えていたんだ」
――今作のプロデュースには以前からコラボレーターとして参加しているThe 1975のジョージ・ダニエルに加えて、ボン・イヴェール、チャーリー・XCX等のプロデュースで知られる著名な音楽プロデューサーのBJ・バートンも参加していますね。どのような経緯で彼が参加することになったのでしょうか?
「BJは共通の友人たちを通して知り合った。BJがチャーリー・XCX、ジャパニーズ・ハウス、ボン・イヴェールと共演してからずっと彼の大ファンで、共通の知り合いが何人かいたから、彼らに頼んで連絡を取ってもらい、それからコラボすることになったんだ」
――また、同じく今作から参加しているジョイ・アゲインのサチ・ディセラフィーノ(Sachi DiSerafino)についても教えて下さい。彼は、これまでウォロウズ(Wallows)、リグレッツ(The Regrettes)などインディーロックバンドとのコラボレートを多く手掛けていますよね。
「彼はレジェンド。彼のことを知らない人もまだまだ沢山いるから、訊いてくれてうれしいよ。
僕はもともと彼のバンドが大好きだった。彼とはBJを通して知り合ったんだけど、BJのほかにも共通の知り合いが沢山いたんだ。でも、サチを今回のチームに入れるメンバーとして連れて来たのはBJ。サチには、彼のバンドが大好きだってことを速攻伝えたよ。あれは本当にクールなリンクアップだった。
僕のアルバムではいくつかのトラックに参加してくれていて、ドラムも沢山叩いてくれている。サチは本当に才能があるミュージシャンだよ。先月、ミネアポリスに行って、彼とBJに初めて会ったんだ。制作中は、全てリモートだったからね。
サチのバンドもぜひチェックしてみて。超クリエイティブで本当にカッコいいから。特に『Piano』(2019年)っていうEPね」
ギターは得意ではないけど楽しんで演奏できる楽器
――以前、別のインタビュー※で、2枚のアルバムを制作していて、片方はギターサウンドが中心で、もう片方はエレクトロニックなサウンドを中心とした作品になるとお話しされていましたが、今回の『It’s All Smiles』はその1枚目、ロックサイドの作品ということになるのでしょうか? また、そのような分け方に至ったきっかけを教えて下さい。
「1つのアルバムに全てを詰め込みたくはなかったんだ。2つに分けたほうがいいと思った。自分なりに音楽をそうやってオーガナイズしたくて(笑)。
『Crying In The Prettiest Places』(2019年)が機能したのは5曲だけ収録されたショートプロジェクトだったからなんだ。その規模で色々なジャンルをミックスしたからよかったけど、あれよりも大きなスケールでどうやったらそれが出来るかは考えられなくて。20~25曲くらいのまとまりがない作品を作ろうとは思わなかったんだよね。
リスナーも、一度に沢山の情報が一気に与えられるよりも、まとまりのあるもののほうが受け止めやすいだろうし、アルバムをリリースするなら、最初から最後の曲までをまとめて楽しんでほしいしね」
――今作は、まさにこれまでの作品以上にギターのサウンドが多く取り入れられていて、“How Are You Feeling?”での軽快なストロークから激しいフィードバックノイズまで一曲の中で様々な表情を見せるアレンジや、“Everything”のラストで鳴り響く、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインを彷彿とさせる、あるいはそれ以上に凄まじい轟音に圧倒されました。様々な楽器や機材を扱うことが出来るあなたにとって、ギターという楽器はどのような存在なのでしょうか?
「得意ではないけど、楽しんで演奏できる楽器(笑)。
僕はソニック・ユースを聴いて育ったけど、彼らがオルタネートチューニングをやっていたから、僕もオルタネートチューニングでギターを弾いてきた。そっちのほうが他と違うことが出来るし、もっとオープンだからね。そっちのほうが、もっとギターを演奏したい、もっとギターで曲が書きたいと刺激を受けるんだ。
あと、ギターってどこにでも持っていける楽器でもある。だからギターは自分にとって身近な楽器になったし、ギターで曲を作るようになった。ポータブルのキーボードなんかもあるけど、1オクターブ鍵盤が足りなかったりするしね。
あと、エフェクトを使えばもっとサウンドの幅が広がる。シンセはエフェクトが内臓されているけど、ギターはアンプと組み合わせて色々な音を作ることが出来るのがいいと思う」