1930年、昭和5年とはどのような時期だったのか?
共通する悩みや個性を感じながら、世代としての音楽を聴く
1930(昭和5)年とはどんな時期か。前年から世界大恐慌が始まる。翌年は満州事変。それからは1945年まで戦争の時代だ。
でも日本の子供の周囲に音楽がなかったわけではない。私は、1931年生まれの池野成さんや1932年生まれの冨田勲さんから、少年時代の音楽体験を聞かせてもらったことがある。お二人とも同じような話だった。音楽はたくさんあった。でも軍歌と行進曲ばかり。とても単調。だからこそ渇望が生まれた。豊かで多様で、個人の感情を託せる、自由な音楽のありように憧れる。1930年前後に生まれた子どもたちにかなり共通した体験である。前後の世代に比べると、幼少年期の音楽の習練が確かに足りていない。本格的な勉強を戦後に始め、この年齢からで間に合うのかという青年期の迷いも多い。しかし、それゆえに本物になる人がまた多かった。ウイスキーみたいなものだろう。戦争や貧困や我慢という薪をくべられ、長い時間をかけて熟成した世代なのである。
たとえば三木稔。1930年でも3月生まれだから、つまり1929年度生まれに属する。1945年度には旧制の中学を途中で終えて上級学校に進学できた。やはり1929年度生まれの黛敏郎と矢代秋雄はこの世代として恵まれた環境に育ち、東京音楽学校(現東京藝術大学音楽学部)に入学するが、三木は海軍兵学校へ。同期に間宮芳生も居た。軍人として敗色の深まる祖国を救おうとしたのだろう。が、それから4カ月で日本は降伏。三木は岡山の旧制第六高等学校に入り直し、アマチュア・コーラスから音楽に目覚め、ベートーヴェンに憧れ、作曲家を目指す。東京藝術大学音楽学部で池内友次郎と伊福部昭に師事し、無事卒業したのは1955(昭和30)年。そのとき黛は、既にフランス帰りの作曲界の大スターで、矢代はパリ音楽院に入ってもう5年目だった。もはや留学するにも遅い。もちろん、その遅れとそれゆえの悩みが、しぶとい個性を育てる。1930年生まれの多くに共通することだ。
三木は徳島、間宮は青森の人だが、助川敏弥と廣瀬量平は共に北海道。ドイツ帰りのヴァイオリニストで指揮者、荒谷正雄が札幌で戦後に開いた音楽塾から、共に巣立った。荒谷はベートーヴェンを崇拝していて、助川も廣瀬も音楽的原点はそこだろう。戦後・自由・ヒューマニズム・ベートーヴェン。この三題噺ならぬ四題噺が、三木にも助川にも廣瀬にも有効だ。助川も廣瀬も藝大の作曲科を目指し、助川は1957年だから27歳、廣瀬は1959年だから29歳の年に卒業する。
地方青年が、戦後初期の解放感の中で音楽を夢に追う。下山一二三は青森の人。弘前大学を卒業後、上京し、松平頼則の弟子となる。1955年、25歳の年のことだろう。田中利光も青森の人。青森中学で間宮芳生の1年後輩。国立音楽大学で高田三郎に習い、1956年、26歳の年に卒業する。
武満徹と鈴木博義と福島和夫はどうか。この3人は東京人。しかもハイティーンからの音楽仲間。アマチュア・コーラスで知り合った。ベートーヴェンの交響曲第9番“合唱付”を歌ったりしていた。3人とも音楽学校には進まなかった。作曲を、長い時間をかけて、ほぼ独学し、揃って前衛芸術家グループ〈実験工房〉のメンバーとなる。そこには1929年生まれのやはり独学者、湯浅譲二も居た。彼らの作品が世にインパクトを与えていくのは1955年前後からだろう。
もうひとり、諸井誠。彼は同じ1930年生まれでも、他の人たちとは毛色が違う。大作曲家、諸井三郎の子として、すこぶる恵まれた育ち方をする。やること・なすこと・実りを得ることでは、1930年生まれの中で突出して早かった。諸井は若くして、黛と並ぶ戦後作曲界のスターと呼ばれた。その分、彼は作曲への執念が弱かったのかもしれない。でも1970年代までは多産。諸井を忘れると、戦後日本の作曲は見えない。ちなみに諸井は福島和夫や1931年3月生まれの松平頼暁とは暁星中学で同期。1学年上に矢代秋雄がいた。このあたりにも、いろいろな綾がありそうだ。
1930年生まれの9人の作曲家。しかもほとんどが彼らの裸の声を聴くような独奏曲。奏者も名人ぞろい。個々ではなく世代として音楽を捉まえる最高の機会である。
池辺晋一郎 (Shinichciro Ikebe)
1943年、水戸市生まれ。67年東京藝術大学卒業。71年同大学大学院修了。池内友次郎、矢代秋雄、三善晃、島岡譲の各氏に師事。交響曲No. 1~10、ピアノ協奏曲No. 1~3、チェロ協奏曲、オペラ「死神」、「鹿鳴館」、「高野聖」をはじめ管弦楽曲、室内楽曲、合唱曲など多数。現在、NHK-FM「ザ・レジェンド」司会者。
LIVE INFORMATION
池辺晋一郎 プロデュース
日本の現代音楽、創作の軌跡
第2回「1930年生まれの作曲家たち」
2020年7月10日(金)東京・初台 東京オペラシティ リサイタルホール
開演:19:00
■出演
池辺晋一郎(プロデュース/お話)
斎藤和志(フルート)/吉井瑞穂(オーボエ)/山澤慧(チェロ)/篠﨑和子(ハープ)/塚越慎子(マリンバ)/永野英樹(ピアノ)/三橋貴風(尺八)/木村玲子(十七絃箏)
■曲目
下山一二三:セレモニー第2番(1971)
鈴木博義:2つの声(1954/55)
廣瀬量平:パドゥマ(波曇摩)(1973)
助川敏弥:山水図 op.58(1978/81)
三木稔:雅びのうた op.36-1(1971)
福島和夫:冥(1962)
田中利光:マリンバのための二章(1965)
諸井誠:竹籟五章(1964)
武満徹:ユーカリプスII(1971)
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