バロック時代の音楽にバロック時代の楽器、演奏法を用いて取り組む演奏家が増えている。もちろん日本人も増えて来ているが、その中でも注目したい存在がヴァイオリン奏者の高橋未希だ。現在はイギリスに拠点を置き、イギリスの古楽系グループに参加する他、ソロ、アンサンブルの活動も活発に行っている。
「モダンの楽器で自分に出来ることはもうこれで全部かも、と行き詰まっていた時期に、カナダでバロック・ヴァイオリンと出会いました。そして、バロック時代の音楽の魅力、バロック・ヴァイオリンの可能性をもっと追求したいと思ったのです」
と高橋。本格的にバロック・ヴァイオリンを学ぶため、カナダからドイツ・ベルリンへ。その後、第3回テレマン国際コンクールで優勝、2005年のブルージュ国際古楽コンクールでは優勝。聴衆賞も獲得した。
「バロック時代の楽譜を読んでいると、こういう楽器、奏法で、こう演奏しなければ、という世界が見えて来るような気がします。それを自分なりに追い求めて行くところがバロック・ヴァイオリンの面白さです」
今回の録音は、バロック時代のソロの作品ばかりを集めたもの。バロック時代のヴァイオリン・ソロ曲と言えば、ヨハン・セバスティアン・バッハにビーバーに、と相場が決まっていると思い込んでいたが、この録音にはバルツァ−、バサーノ、バブコット/ディンスレーなど、あまり目にしない作曲家の名前も。
「そこがひとつの問題で、現在は音楽学者も演奏家も、バロック時代の作品を次々と掘り起こしていますから、作品の数は増える一方なのです。ところが一般的に知られる作品はとても限られています。無伴奏ヴァイオリンでも、バッハ、ビーバー、ヴェストホフぐらい。無名の作品も多く、そのギャップに悩みます」
面白い作品としてバブコット/ディンスレーをちょっと紹介すると、バブコットは“葬送ヴァイオリニストの創始者”としてロハン・クリワチェクの『葬送ヴァイオリンの不完全な歴史』(2006年)に紹介されている16世紀の作曲家で、そのバブコットの唯一残された作品をトマス・ディンスレーが復元した、という作品だが、そのクリワチェクの本そのものが史実に基づいているかどうかは不明なのだと言う。もしかしてイギリス的なユーモアの世界なのかもしれないが、「作品自体に訴えかけるものがある」と考えた高橋はこの作品を録音することにしたという。
バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番、ビーバーの《ロザリオのソナタ》からパッサカリアなど有名曲も収録されているが、バロック時代の無伴奏ヴァイオリンの広大な世界を、この録音から感じたい。
LIVE INFORMATION
11月中旬に、アンサンブル・レ・ナシオンの公演のため来日予定