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ジャズの帝王学

 ジャズの帝王、マイルス・デイヴィス(1926~91)が亡くなって30年近くになる。ジャズを聴き始めたビギナーでも必ず一度は聴いたことのあるミュージシャンだろうし、最初に買ったジャズのCDがマイルスのものだった、という人も多いはず。1950年代からジャズを聴きつづけてきたベテランなら、演奏とスタイルの変遷を重ねてきたマイルスに、自らを重ねることも出来ることと思う。とどのつまり、モダンジャズの歴史とは、マイルス・デイヴィスの人生そのもの、と言い切ってかまわないと私は思う。

 映画は、本人の演奏と映像、写真に、関係者や共演したミュージシャン、恋人たちの証言をつなぎ合わせ、65年の生涯をたどる。本人の言葉が、俳優カール・ランブリーによるナレーションで語られるのも印象的だ。

 黒人差別が激しいなかどんな成功をおさめても、白人の警官に殴られ、自分以外を信じられなくなるといった悲劇的な側面を持ちながらも、音楽で、それも常に新しい演奏、スタイルでリスナーを魅了した天才の軌跡である。頂点を極めても満足できないミュージシャンの悲劇でもある。

 証言するミュージシャンは豪華だ。ジミー・ヒース、ジミー・コブ、クインシー・ジョーンズ、ウェイン・ショーター、カルロス・サンタナ、ハービー・ハンコック、マーカス・ミラー、ジョシュア・レッドマン、ジェームズ・エムトゥーメ、レニー・ホワイト、アーチー・シェップ、ギル・エヴァンス、マイク・スターン、ロン・カーター、ウォレス・ルーニーなど。

 米・イリノイ州の裕福な家に生まれ、父親からトランペットを買い与えられ、若くしてニューヨークまでたどり着く。正規の教育を求めた母親の希望からジュリアード音楽院に入学するが、学校での教育ではなく、チャーリー・パーカーらとのクラブでの演奏を選んだことで、めきめきとその才能の頭角を現す。

 1940年代、自分のスタイルをやっと確立する。後のその時代の録音をまとめたアルバムは『Birth Of The Cool』と名付けられた。映画のタイトルになっているし、彼のスタイルを象徴する言葉でもある。〈クール〉とは、おしゃれでかっこいいということ。

 黒人差別の激しいアメリカから、初めての海外旅行でパリに行き、その自由な雰囲気に解放感を覚え、フランスの女優、ジュリエット・グレコとのパリで邂逅し、愛し合う。グレコの紹介で、画家ピカソや哲学者サルトルらと出会い、刺激される。

 ドラッグもマイルスの人生を区切る重要な要素であった。ストレスやトラブルからドラッグを始め、演奏できなくなる。ドラッグをやめてシーンに復帰するが、またドラッグを始めてしまう。その繰り返しだ。ドラッグによる影響なのだろう、マイルスが妻を殴る証言も登場する。

 その時代、時代の恋人たちが、カメラを前にマイルスを語る表情にも注目したい。良い思い出も悪い思い出も、いずれも落ち着いた表情で語られる。時間の経過だけが原因ではないだろう。マイルスとの生活、記憶が今なお鮮明に残っている、つまり、マイルスが特別な人間だったことの証左なのだろう。

 一番長く結婚生活が続き、世界一の美脚と呼ばれたダンサーのフランシス・テイラーの若き時代のピンナップや写真は非常に魅力的である一方、嫉妬深く差別的なマイルスの〈男性〉としての顔も暗に伝わってくる。

 ミュージカル「ウェストサイド・ストーリー」に出演していたフランシスに、〈妻は家にいるべきだ〉と言って、舞台を降板させたりもした。人種差別に敏感だったマイルスも、前時代的な男女の性の差別からは自由でなかったのだ。

 1960年代後半のベティ・メイブリーとの出会いが後半の山場である。ロックやファンクが人気を得て、ジャズに陰りが見えてきた時代。音楽を知らない奴らが成功するなら、〈オレはもっとうまくやる〉とばかりにエレクトリック・バンドを結成する。ベティ・メイブリーの影響から服装も変わり、スーツではなくなり、カラフルで派手な衣装に変わる。

 『ビッチェス・ブリュー』(69年)は、爆発的にヒットし、〈いい音とは思えない〉〈理解できない〉という声もあったが、新しい時代と音楽に取り組むマイルスには必要な変化だったのだ。

 しかし、またマイルスはドラッグに溺れていく。1972年、ランボルギーニに乗ったマイルスは、居眠りで中央分離帯に激突、三ヶ月の入院生活をおくることになる。燃え尽きて、引きこもってしまう6年間の始まりでもあった。

 家族たちに支えられ、1980年に演奏を再開。あらゆる枠を超えて、プリンスと共演したり、マイケル・ジャクソンやシンディ・ローパーの曲を演奏することもあった。そして1991年9月、65歳で亡くなる。

 アメリカという国が一番強く、輝いていた時代に寄り添ったスーパー・スターが、必ずしも絵に描いたような幸せでなかったことに、音楽の神の冷たさを感じる一方、それに抗い最後まで戦い続けたマイルスに頭を垂れるしかない。これは、ジャズの帝王に課された運命だったのだ。

 


CINEMA INFORMATION

映画「マイルス・デイヴィス クールの誕生」
監督:スタンリー・ネルソン
出演:マイルス・デイヴィス/クインシー・ジョーンズ/ハービー・ハンコック/ウェイン・ショーター/ロン・カーター/ジミー・コブ/マーカス・ミラー/カルロス・サンタナ/ジュリエット・グレコ etc.
配給:EASTWORLD ENTERTAINMENT(2019年 アメリカ 115分)
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www.universal-music.co.jp/miles-davis-movie/
◎2020年9月4日(金)より全国順次ロードショー

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