空間をレイヤーするミックス

――なるほど。それが聴いていて不思議な感触を生み出しているんですね。機械音もインパクトありますね。純正インダストリアル・ノイズというか、すごくイマジネーションを刺激させられる音です。

「確かに機械音は持ってかれますよね。あれは京都の立体駐車場の音なんです。

あのパートは、さらにフィールド・レコーディングした音を3つ重ねているんですよ。例えば自分の部屋で録った音、体育館みたいな大きな建物で録った音、野外で録った音を重ねて同時に鳴らすことで、3つの場所に同時に存在したような感覚になったりするように」

――音だけではなく、空間もレイヤーするようなミックスになっているんですね。

「そうです。ストラクチャー・シートでは、『ashiato』の“part 1”と“part 2”の終わりの方は〈空間がいっぱいある〉という風になっていて。でも、聴いていてそれがすぐわかるようにはしたくなかった。

“part 2”では違う場所にマイクを置いて同じ音を録音して、それをスイッチングしたました」

――空間の表現の仕方も細部までこだわっているんですね。ヘッドフォンで聴いてみたくなります。

「アトラクションみたいに楽しめると思いますよ(笑)」

 

音の抽象化と実験を追求した『ashioto』

――では、もう1枚のアルバム、『ashioto』の方は、どんなイメージで音を作っていったのでしょうか。

「『ashiato』より抽象的な感じですね。『ashiato』と同じ音源だけど、ピアノのテープ・スピードをすごく遅くしてみたり、元の音が何かわからないくらい抽象的にしようと思っていました」

山本達久 『ashioto』 Black Truffle(2020)

――『ashioto』の“part 2”はドローンっぽい音になってますね。

「あれはシンバルを弓で弾いた音を4倍くらい遅くしているんです。そうするとシンセみたいな音になるんですよね。

一聴すると、昔のテープ・コラージュ作品みたいに聴こえるんですけど現代の技術でやってます」

――“part 1”では金属的なパーカッションがカチカチ鳴ってますが、あれは楽器の音ですか? 不思議な音色ですね。

「あれはめちゃくちゃ小さなベルなんですけど、それに肩をマッサージするヴァイブレーターを当てると、すごい速度の音でビーって鳴るんですよ。火災報知器みたいに。そのままだとビートに聴こえないので、テープ・スピードでを4倍速に落とすんです。そうやって作った音を純正律の計算式を使って、7種類くらいの違ったテンポとピッチで組み合わせてポリリズムとポリフォニーを作っているんです。さらに音が右と左にパンニングしたりしていて、あのパートだけ目をつむってヘッドフォンで聴くと面白いと思いますよ」

――楽器を鳴らしているように聴こえても、いろいろと工夫して作った音なんですね。

「今回、どういう風に情報量を少なくしていってシンプルに表現するか、というのは本当に難しかったですね」

――楽器を演奏するのと同じくらい、いかに音を録るかというのが重要な作品だったんですね。

「今回、須藤(俊明)さんに一緒にミックスをやってもらったんですけど、10年くらい前から二人でスタジオでいろんなやり方で録音の実験をしてたんです。それで二人の名義で作品を出していたりもしたんですけど、今回はその延長でもありますね。

二人とも録りながら実験するのが好きなんですよ。例えばピアノの鍵盤を叩くと音が伸びますよね。それが少しずつ消えていく。その残響音が半音ずつ上がっていくようにするには、どんな録音をすればいいんだろうっていう素朴な疑問を実験で解消していくんです。

そういう実験の成果を、このアルバムに詰め込んだところはありますね。音響工学的に面白いことを色々やっています」

――まさに音の彫刻ですね。

「そうですね。編集はずっと音を削っていく作業でしたね。彫刻を削るときに、どの刃が適切かを知るっていうか(笑)。そういうことをやってました」

 

石橋英子と須藤俊明の演奏について

――そんななか、須藤さんと石橋英子さんがプレイヤーとして参加しています。二人の演奏に関しては山本さんの方でディレクションされたのでしょうか。

「初めはすべての音を自分ひとりで作ろうと思っていたんです。それでスタジオに入ってピアノを弾いたりして、須藤さんに譜面化してもらうところまでは出来たんですけど、そこから自分で思ったとおりに弾けなくて。

それで英子さんにピアノをお願いしたんです。こういうコード進行があるんだけど、すっごい遅く演奏してもらってもいいですか?とか、そういう具体的なディレクションを出したんですけど、英子さんは一発OKぐらいに完璧なニュアンスで弾いてくれました。

なので、英子さんに関しては、自分では弾けないからふさわしい人は誰だろう?と考えて誘ったんです。須藤さんは一緒にいろいろと録っていくうちに、須藤さんからベースのアイデアが出て、その場のノリで入れてもらいました」

――演奏に関して即興的な要素はありますか?

「今回はほとんどないですね。ベースになる演奏はストラクチャー・シートに沿ってディレクションしました。英子さんには大まかな指示だけ伝えて、音色とかは指定せずに弾いてもらったりした部分もありますけど」