©Marco Grey

エズラ・コレクティヴでも活躍する才能豊かなキーボード奏者が、音響を操って新たな芸術的到達点を示した大作――自由に創造性の限りを尽くした傑作がここに誕生した!

 結論を最初に書いてしまえば、自由闊達に絡み合うリズムと旋律と音響が雄大なグルーヴを紡ぎ出していて、息を呑むほど素晴らしい。現行のUKジャズ界における最重要プレイヤーのひとり、ロンドンを拠点に活動する鍵盤奏者/作曲家/プロデューサーのジョー・アーモン・ジョーンズが6年ぶりに完成させたフル・アルバム『All The Quiet (Part I)』はそんな傑作となっている。

JOE ARMON-JONES 『All The Quiet (Part I)』 Aquarii/BEAT(2025)

 もちろん6年ぶりとはいえ、不在感はまるでなかったのが正直なところだろう。その間にも新たに設立した自身のレーベル=アクアリーからコラボ作品やソロのEPを定期的に届けていたし、仲間の作品での演奏も変わらず続き、何よりエズラ・コレクティヴでの活躍があった。ジョーがコレオソ兄弟らと組むこのクインテットは、2022年の初作『Where I’m Meant To Be』でマーキュリー・プライズを獲得し、2024年の2作目『Dance, No One’s Watching』も先日のブリット・アワードにてジャズ・バンドで初となる〈年間最優秀グループ〉部門を受賞したばかりだ(いまさらBBCの〈Sound Of 2025〉リストに名を連ねていたのは笑えたが)。そのように明快な評価も得ながら気合十分に取り組んだと思しき今回の『All The Quiet (Part I)』は、それらとの相互関係的な要素も備えつつ、ソロ作ならではの実験精神も込めたフレッシュな表現が繰り広げられている。

 すべての作曲とプロデュース/ミックスをジョー自身が手掛け、コンポーザー/ソングライターとしての創作をより自由に追求。キーとなるのはここしばらくの彼が傾倒しているダブ/レゲエのテクニックを導入した音風景の豊かさだ。もっとも、これは昨年リリースのソロ楽曲(すべてアルバム未収録)がいずれもルーツ・レゲエ色を濃くしていた流れと同一線上にあるもの。そうでなくても2022年にマーラとのコラボEP『A Way Back』でダブステップに取り組み、同作にも参加したマックスウェル・オーウィンとのコラボ作『Archetype』(2023年)はその方向性をUKガラージ方面にも拡張する内容だったわけだが、そもそも近年のダブ志向はロックダウン時期にミキシングデスクの使い方を独学で習得し、自宅スタジオで自身の演奏を素材にミキシングの実験をするところから始まったそうだ。

 本人いわく「ダブのサウンド世界を探求することに夢中になったんだ。そのプロセスをジャズやファンク、そして自分が愛するあらゆる音楽に応用していった」とのことで、今回のアルバムは仲間たちと4日間かけてレコーディングした演奏を元に構築されている。演奏のコア・メンバーはムタレ・チャシ(ベース)、ナシェット・ワキリ(ドラムス)、ウー・ルーのイエーガー・ゴードン(ドラムス)、ホーンズにはヌバイア・ガルシア(サックス)、エズラ・コレクティヴ仲間のジェイムズ・モリソン(サックス)とイフェ・オグンジョビ(トランペット)といった精鋭たちで、クウェイク・ベース(パーカッション)、オスカー・ジェローム(ギター)も要所に参加。彼らとのセッションをテープに収めた後、 ジョーはそれらにディレイやエコーを施しながら音像を構築し、自身のヴォーカルやシンセ、パーカッションも加えて即興性と計算の入り交じった緻密なテクスチャーを生み出したというわけだ。

 全体像が仕上がってくるなかでジョーがアルバム全体に付与したテーマは、創造の精神に対する無関心と敵意が跋扈する時代の中で、音楽の魂を守る音の騎士が戦うという幻想的な物語。先行シングル“Kingfisher”では西ロンドンのダブ・ポエットであるアシェバーを招き、往年のジャズ・ラップ調の“Eye Swear”ではブルックリン出身で南ロンドンを拠点とするゴヤ・ガンバニがクールにマイクを握る。トリップ・ホップ的な小品“Show Me”でジョー自身の融解した歌が響いてくるのもおもしろい。歌声という意味だと、エズラ作品でも共演したヤズミン・レイシーの幻想的な声が空間の奥を美しく舞う“Forgiveness”も心地良いが、彼女の歌唱をメインに据えた楽曲はこの後に控えている模様だ。

 そう、〈Part I〉というからには〈II〉もあるわけで、6月に予定されている2部作の後編『All The Quiet (Part II)』のリリースもいまから楽しみでしかない。

左から、ジョー・アーモン・ジョーンズの2018年作『Starting Today』、同2019年作『Turn To Clear View』(共にBrownswood)、ジョー・アーモン・ジョーンズ&マクスウェル・オーウィンの2023年作『Archetype』(Aquarii)、エズラ・コレクティヴの2022年作『Where I’m Meant To Be』、同2024年作『Dance, No One’s Watching』(共にPartisan)

演奏陣やゲストの関連盤を一部紹介。
左から、ココロコの2022年作『Could We Be More』(Brownswood)、コン&クウェイクの2022年作『Eyes In The Tower』(Native Rebel)、ヌバイア・ガルシアの2024年作『Odyssey』(Verve)、ウー・ルーの2022年作『LOGGERHEAD』(Warp)、ヤズミン・レイシーの2023年作『Voice Notes』(Own Your Own)、ゴヤ・ガンバニのニュー・アルバム『Warlord Of The Weejuns』(Ghostly International)