「前の『Malmaison』は、すでに曲がいくつも出来上がっていた段階で作ろうと思ったアルバムだ。俺は、特に決まったプロジェクトがない時でも曲を作っていることが多いからね。今回の『Stigmata』はレースを始めるような感じで、〈よし、これからアルバムを作るぜ!〉という意気込みで作った。マインドもアルバム制作という意識に向かっていた。だから、今回のほうがプロジェクトを完成した感が強いね」。
ビッグ・ダダからのデビュー作『Stigmata』についてそう説明するトレ・ミッションは、カナダはトロント生まれの23歳。UKで発祥したグライムのスタイルに開眼し、10代の頃から自作のビートでラップしてきた叩き上げのラッパー/トラックメイカーである。本場とのコネクションやアンダーグラウンドでの支持も確かなものにしながら昨年フリー・ダウンロードで発表した『Malmaison』は、彼の名をより広範に知らしめる傑作であった。
「多くの人は『Malmaison』をミックステープだと思ってるけど、俺にとっては〈アルバム〉なんだ。ただ売らなかっただけでね。当時の俺はトロントでもUKでも、変わり者として目新しがられていた。だから、そのレッテルを振り払って、俺が音楽的な才能を持っている奴だってことを証明する必要があったのさ。『Malmaison』は証明してくれたと思う。たくさんの人にとって驚きだったようだね」。
トロントといえば昔からUSシーンでの成功を目標とするアーティストが多かったように映るし、近年はドレイクやウィークエンドを輩出したことである種のトーンを期待されそうなエリアではある。そこにいながらグライムを志すというのは確かに特殊な趣味のように思えるかもしれない。だが、母親がトリニダード系、父親がジャマイカ系ということで、彼の地のカリビアン・コミュニティーにてレゲエやソウル、ヒップホップなど多様な音楽に囲まれて成長してきたトレは、親戚や近所の誰もがラップをしているような環境で小学生の頃からラップに興じていたというから、「ラッパーはたくさんいるから、他の奴らとは違う存在になりたかった」という意識に至っても不思議ではないだろう。いずれにせよ、フェイズ・ミヤケやスウィンドルの助力も得ながらほぼ全編をセルフ・プロデュースした『Malmaison』の評判は、英国ヒップホップの名門ビッグ・ダダも動かしたのだ。
「2011年にワイリーが俺をビッグ・ダダに連れて行って、〈こいつといま契約しろ。それ以外、何も言うことはねえ〉と言ってくれたことがあるんだ。だが、レーベルは〈それはちょっと……〉という反応だった。だが、俺が『Malmaison』を出して、自分を高めて成長させようと努力しているのが伝わると、レーベルのほうから連絡してきたよ」。
ディールを経て勢いに乗ったトレは、コンピ『Grime 2.0』に“Dollar Bill”を提供し、ワイリーの“1 Step Further”にも登場。同じ昨年の間にはマーキー・エース“Plugged In”やマンガ(ロール・ディープ)の“Soundboy”にも客演していたが、それまで積み重ねてきた諸々も含めてキャリアの集大成的な雰囲気もあるのが、このたび完成を見たニュー・アルバム『Stigmata』である。
本作のポイントとなるのは、地元の人脈も太くしていることだろう。ワイリーも客演したアーバン・グライム“Real Grind”には、ミックステープ時代のドレイクとも共演してきたトロントのR&Bシンガーで、トレも「トロントでは伝説的なアーティストで、すごく尊敬してるよ」と賞賛するアンドリーナを迎えている。他にも同じトリニダード系にあたるヴェテランのケイオス、そしてソクラテスといったカナディアン・ヒップホップの大御所が登場。先行シングルとなった表題曲もモントリオール出身の女性シンガー、テスの歌声がドリーミーに漂うホーリーな曲調だったが、それらの楽曲ではグライムに止まらないトレのビートメイクの腕も堪能できるだろう。もちろんボーイ・ベター・ノウのスケプタとJME、あるいは先述のマーキー・エースといった英国のVIPを招き、シャープなグライムやインディー・ラップ調など局面ごとに多彩なサウンドを響かせてもいるわけで、結果的にはカナダ/UKの両サイドを巧みに提示しつつ、それ以上のクリエイションを満載した作品となっている。
「結果として自然にそういうものが出来上がったということで、そういうテーマは意図していなかったね。曲調はヴァラエティー豊かかもしれないが、同時に、まとまりのない作品にはしたくなかった。あくまでも〈俺〉のアルバムなんだ」。
そうやって思うままに己のアイデアを詰め込んだ傑作のハイライトとなるのは、「いままでリリースされたアルバムのなかでも最高の一枚」というディジー・ラスカルのクラシックに捧げた“Boy In The Corner”。憧れから始まってエッジーな高みへと到達しつつあるトレにとっては、まだここがスタート地点なのだろう。
「〈音楽を仕上げなくちゃいけないこと〉が唯一の悩みになるまで音楽活動を続けたいね。そんな状況に近付きたいというのが俺のいまのモチヴェーションなんだ」。
▼関連作品
左から、2013年のコンピ『Grime 2.0』(Big Dada)、ケイオスの2013年作『Black On Blonde』(Nettwerk)、アンドリーナの2012年作『All Eyes On Me』(URBAN LINX)、ワイリーの2013年作『The Ascent』(Warner UK)、スケプタの2011年作『Doin' It Again』(Boy Better Know/Universal)、マーキー・エースの2013年作『Play Your Position』(No Hats No Hoods)、ディジー・ラスカルの2003年作『Boy In Da Corner』(XL)
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