Page 3 / 3 1ページ目から読む

スタジオ作とは異なるライブならではの演奏

そういった経緯をおさらいしてからこの75年のライブ盤を聴いてみると、スタジオ盤だけを並べて聴いていてもわからなかった側面が見えてくる。

『Live In Stuttgart 1975』収録曲“Stuttgart 75 Eins”

まず75年の時点でライブがこの内容だってことを考えると、カンはスタジオ・アルバムにおける変遷とライブ・バンドとしての側面には割と断絶があるのがわかる。ライブではスタジオでやっていることのほんの一部分をライブの場におけるパフォーマンスとして引き延ばすように演奏している感じで、(スタジオでの様々なアイデアや装飾や加工を剝ぎ取った)パフォーマーとしてのカンの核の部分がはっきり出ている、とは言えるだろう。

ビートに関しては基本的にミニマルにループさせていて、何かのきっかけにリズム・パターンが切り替わることはあるが、切り替えた後はそのパターンをループさせる。そうやってパターンが変わることはあるが、大きく見るとほぼループだ。

そんなヤキ・リーベツァイトのリズムの変化とともに他の演奏者たちもスタイルを切り替え、ブルース・ロック的になったり、パンキッシュになったり、スペース・ロック的になったり、エキゾチックな旋律を弾いたりと、少しずつ表情を変えながら演奏が進む。ミクロで見るとリズム・パターンもスタイルも少しずつ変わり続けているが、マクロで見るとミニマルなリズム・パターンの上でトランス感がありロック的な即興演奏をするということを延々と続けているとも言える(カンの音楽をマクロで捉えれば、オスティナートの上でひたすら即興演奏を繰り広げながら陶酔していくジョン・コルトレーンの影響下のサウンドとの共通性はあるかもしれない。それらは当時のヒッピー的なロック・リスナー向けに販売されていたトランス感覚のあるジャズという側面もあったわけで)。

 

『Live In Stuttgart 1975』に聴くロックらしさ

それを少し細かく考えてみると、(例えば、アモン・デュールやグル・グル辺りと比べると)あくまでギター・ロック的な体裁のロック・バンドの変形だとわかるし、(例えば、ジャズ成分多めのエンブリオなどと比較してみると)ジャズの語法によるソロのフレージングやスポンティニアスな即興による対話などのジャズ成分はほとんどないし、(ノイ!やアシュ・ラ・テンペルと比べても)ダイナミクスこそ抑えた音楽だがリズム以外はミニマル・ミュージック的な要素がない。そういった枠組みの中でフォームはほぼ崩さないし、フリーキーになることもなく混沌は生まれない。

エンブリオの73年作『Steig Aus』収録曲“Radio Marrakesch / Orient Express”

これらはすべてスタジオ録音に既に存在している部分で、ライブではそれが更に強く、濃縮されて出てきていて、逆にシンプルになっているようにさえ思えるのもカンの音楽の興味深いところだ。それは〈ロック・バンドのライブ〉という大音量でオーディエンスを盛り上げなければならないシチュエーションだからこそ 〈ロックらしさ〉の部分を強調してアウトプットしている、ということなのかもしれない。

そのロックらしさが強調されたライブ音源を聴くと、『Future Days』に象徴されるスタジオにおける(音量の小ささも含めた)繊細な演奏やディテールの徹底的な構築がいかに例外的だったのかもわかる。

この75年のライブ盤を聴いてわかったのは、カンは想像以上にはるかにロック・バンドらしいロック・バンドだったということかもしれない。

 


RELEASE INFORMATION

CAN 『Live In Stuttgart 1975』 Spoon/Mute/Traffic(2021)

リリース日:2021年5月28日(金)
仕様:2枚組CD
品番:TRCP-291〜292
定価:2,970円(税抜)
海外ライナーノーツ訳/解説:野田努(ele-king〉

TRACKLIST
CD 1
1. Stuttgart 75 Eins
2. Stuttgart 75 Zwei
3. Stuttgart 75 Drei
CD 2
1. Stuttgart 75 Vier
2. Stuttgart 75 Fünf