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常に土岐英史とともにあったレーベルの歩み

――ファンとしてその音楽を長年聴くということと、ビジネスをするということは異なりますからね。Days of Delightからの最初のリリースは、70年代ジャズのコンピレーション・アルバム『Days of Delight Compilation Album -疾走-』と、土岐英史さんの新録『Black Eyes』(ともに2018年)でした。

土岐英史の2018年作『Black Eyes』のトレーラー映像
 

「レーベルを始めようと決意した時から、第一弾は土岐さんにしたいと思っていました。僕自身が70年代から生音を浴びてリスペクトしてきたミュージシャンだし、なにより40年以上経った今も、あの時以上の音を送り出していたからです。70年代日本のジャズ界が持っていたエネルギーや想像力を受け継ぎ、次の時代に伝えるというコンセプトを表現するために、土岐さんの新譜と70年代のコンピレーションを同時に出そうと考えたんです。そうすることで、レーベルの哲学を皮膚感覚でわかってもらえるんじゃないかと。だから真っ先にやったのは土岐さんに声を掛けることでした。

でも僕は土岐さんとしゃべったことさえなかった。彼は僕のことを一切知りません。そこで土岐バンドの出演日にお茶の水の〈NARU〉に行き、終演後にくつろぐ土岐さんにいきなり声を掛けたんです。〈僕はレーベルを作ろうと考えている。ついてはあなたの作品から始めたい〉ってね。2017年の年末のことでした。土岐さんにしてみれば〈なんだ、こいつ?〉って話ですよ。どこの馬の骨かわからない奴がとつぜん目の前に現れて、いきなりレコーディングさせろって言うわけだから。門前払いされて当然のシチュエーションだけど、土岐さんはそうする代わりに、素人の僕にいろいろアドバイスをしてくれ、数か月後にはレギュラー・バンドを率いて『Black Eyes』のレコーディングに臨んでくれたんです」

――レギュラー・グループによる『Black Eyes』以外に、土岐さんのさまざまな面を作品上で知ることができたのも、Days of Delightの功績だと思います。これは、土岐さんと平野さんのおふたりでアイデアを出し合って?

「そうですね。第一弾の時に土岐さんが出した唯一の条件が〈レギュラー・クインテットで録ること〉だったんだけど、それがちゃんとしたものになったので、いろんなことをやってみたくなったんじゃないかな。片倉真由子とのデュオ作『After Dark』(2019年)は、僕が提案しました。実は『Black Eyes』のレコーディングの前にこのふたりでテスト録音をしたことがあって、それがとても素晴らしかったんですよ。土岐さんのデュオって珍しいでしょう? おそらく他にはウォーレン・スミスとやったダイレクト・カッティングのアルバムしかないはずです」

土岐英史+片倉真由子の2019年作『After Dark』のトレーラー映像
 

――45回転LPの『ウォーレン・スミス&土岐英史』(77年)ですね。昔、『ウォーレン・スミス&中川昌三』(77年)と一緒に、BMGジャパンのスピリチュアル・ジャズ・シリーズで復刻しようと企画したことがあります。

「とにかくいろんな切り口で土岐さんを切ってみたかった。ここ(岡本太郎のアトリエ)でシークレット・ライブをやった時、土岐さんがすごく喜んでくれてね。〈明るい所で演るのは嫌いなんだけど、ここは気分がいいね。それに場所によってアイデアが出やすい所と出ない所があるけど、ここは出やすいな〉って。それで土岐さんに〈じゃあ、ここでデュオを録りましょうよ。真由子ちゃんとシンプルなスタンダードを〉って提案したんです。デュオを作ってこなかった人だから断られるだろうと思ったけど、〈面白そうだ〉と言ってくれて。こうして今までになかった枠組みで土岐英史を切り取ったのが『After Dark』です。

土岐英史が2018年に岡本太郎のアトリエで行ったライブの映像。曲は2019年作『After Dark』収録曲“After Dark”
 

一方、竹田一彦さんとの『The Guitar Man』や、ふたりのギタリスト(荻原亮、井上銘)を従えた『Little Boy’s Eyes』は土岐さんのアイデアです。なにしろ彼は大のギター・フリークですからね。いずれもギターという楽器の特性を存分に引き出しているし、なにより土岐さんのギター愛が感じられる素晴らしい作品です。実は遺作になってしまった『Little Boy’s Eyes』の企画段階で、土岐さんには4つのアイデアがあって、そのすべてをやろうと決めたんだけど、間に合わなかったのがとても無念です(※土岐英史は2021年6月26日に逝去)」