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Photo by Jill Furmanovsky
 

この映画の主人公は25万人の観客たち
by 油納将志

ネブワースはロンドンから北に約50キロ、電車で40分くらいの閑静な村だ。86年にはクイーンがフレディ・マーキュリー存命時の最後のライブを行い、90年にはポール・マッカートニーやピンク・フロイド、ジェネシス、エリック・クラプトン、エルトン・ジョンらが出演したスーパー・イベントが開催され、ロバート・プラントのステージにジミー・ペイジが飛び入りしたことでその名が世界に知れ渡った。

70年代に名を成したアーティストたちが好む野外ライブの場所。ネブワースにはそんなイメージが付きまとっていたので、同会場でオアシスがライブを行うと知ったとき、彼らもビッグ・アーティストたちのクラブに入りたいのかと訝しんだものだ。しかし、マンチェスターの公営住宅で生まれ育ち、中卒と中学中退、盗みの常習犯だったギャラガー兄弟が、インディーから頂点へと上り詰めた彼らの〈成り上がり〉の物語を締め括る地としてネブワースを選んだのは、むしろ過去の名声と共に活動を続けるベテランたちにマウントしたかったから、とも思うようになった。94年にデビューし、わずか2年、2枚のアルバムで全英を完全に制覇。当時のオアシスにとってネブワースは〈いまは俺たちの時代だ〉ということを声高に宣言する場として、これ以上はない条件を備えた地であったと言っていい。

一度に12万5千人を収容できる広さとロンドンから1時間弱のアクセス。それだけにほとんどの若者が手ぶらでネブワースにやってくる様子を映画で目にすることができる。日本のフェスで見られる雨具やチェアなどで完全武装した観客はゼロ。ビールとタバコだけあれば、なんとかなるでしょ、という何とも牧歌的なスタンスで会場に続々と集まってくる。

映画は現地で行われていたインタビュー、当時の観客たちの回想、演奏シーンで構成される。25年前に18歳だった若者もいまは43歳。向こう見ずで〈いまが最高!〉とコメントしていた当時の若者たちが、25年後に人生最良の瞬間だったと振り返るシーンに何とも胸が締め付けられる。光陰矢の如しだが、その25年間にさまざまなことが起こり、経験してきたはずだ。オアシスの解散もそうだし、結婚、出産、離婚、死別など、25万人それぞれにドラマがある。彼らがふとした瞬間にあの日ネブワースで目にしたことを思い出すのは少なくないことだろう。

「オアシス:ネブワース1996」での”Live Forever”のライブ映像
 

映画のタイトルはもちろんオアシスだが、主人公は2日間に集った25万人の観客たちだ。幸運にもチケットを手にすることができた彼らがブリットポップのシーンを大きくし、ビートルズを超える存在へとオアシスを押し上げていった。ネブワースでのライブはオアシスにとってもブリットポップにとっても頂点を極めた瞬間であり、終焉の始まりでもあったと言っていい。

スマートフォンはおろか、携帯電話も普及していない時代に、オアシスと観客が連帯して、彼らの時代のウッドストックを作り上げた2日間。バンドはその感謝を込め、25年後、彼らにこの映画を贈った。画面にたびたび登場する特別なチケットには、この映画も含まれていたと思っていいんじゃないだろうか。