©Nico van der Stam / MAI

このアルバムからビル・エヴァンスを聴き始めました、でも十分イイネ!

 1969年オランダで収録されたビル・エヴァンス・トリオの放送用の演奏、エディソン賞授賞式での演奏とさらに同年メトロポール・オーケストラとの共演が収録されたアルバムだ。びっくりしたのは、オケと共演した2曲。アルバム最後に添えられた“グラナドス”と“パヴァーン”は、この録音の4年前に発表された『ウィズ・シンフォニー』のアレンジをそのまま使って演奏したものだ。このアレンジを手掛けたのは後年ジョアン・ジルベルトの傑作『アモローゾ』も手がけてることになるクラウス・オガーマンだった。このアルバムはエヴァンスの残した名盤のひとつに間違いないが、しかし残念ながら並の再生装置ではオガーマンのオーケストレーションを細部まで十分に味わうには、少々厳しいなと初めて聴いたとき思った。それが時を経て発掘されたこの未発表録音によって、木管と弦が絡むオガーマン・サウンドの妙味が見事に蘇った。いや、これだけでこの再発には音楽的な価値があると思う。

BILL EVANS 『Behind The Dikes』 Elemental Music/キングインターナショナル(2021)

 しかしエヴァンスほど、こういうクラシックに寄ったアプローチで誤解されてきたアーティストもそういないのではないか。クラシック演奏家によるエヴァンスのアダプテーションを聴くたびそう感じた。ロマンチックな響きだけを拾ってみてもそれだけではエヴァンスらしさは再現できない。何故か。それはこのトリオの演奏に明らかだし、あの有名な“ワルツ・フォー・デビー”のアレンジに明らかだ。ブックレットに収録されたピアニスト/作曲家、ヴィジェイ・アイヤーが指摘するようにエヴァンスはポリリズムのアイデアを作曲や演奏にさり気なく仕込んでいた。 このトリオで演奏しているエディ・ゴメスがインタビューで明らかにしているように、エヴァンスは共演するドラマーへのこだわりは尋常ではなかった。この放送用に収録された録音は、トリオのもつダイナミックな魅力を鮮明に捉えている。それでも印象に残るのは“スパルタカス~愛のテーマ”だというのも、もちろんよくわかるけど。事実、この録音のエヴァンスのハーモニーは美しく、トリオの演奏は実に感動的だ。