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ABAOが設立した文化的組織〈Nanguaq 那屋瓦〉の活動

ABAOは後続の原住民アーティストたちの支援/育成にも意欲的だ。2015年にABAOは、台湾全土の原住民族コミュニティーの才能を育み、支えるための文化的組織〈Nanguaq 那屋瓦〉を設立する。当初は台湾全土から原住民の民謡を収集・記録するプロジェクトとして発足し、アルバム『kinakaian』の制作に貢献したことを契機に、若手原住民アーティストをサポートするレーベルとしての機能も果たすようになる。

〈Nanguaq 那屋瓦〉の面々
(後列左から)Makav、Drangadrang、Arase、Natsuko
(前列左から)kivi、ABAO、Dremedreman

今年、同レーベルからリリースされたコンピレーション『《N1》/ Nanguaq No. 1』はABAOが監修を務め、次世代の原住民アーティストたちをショーケースし、原住民音楽の未来を垣間見ることができる充実の内容だ。

若き原住民アーティストたちが、現在のポップスの文脈で自分を表現するためのプラットフォームを目指したという本作では、パイワン/ブヌン/アミ/ルカイの各部族出身の7人のアーティストたちが、それぞれ固有の言語で作曲を行っている。『kinakaian』でも大きな貢献を果たしているプロデューサーのOberka(Dark Paradise Records)が各アーティストたちと連携し、ヒップホップやエレクトロニカ、EDMなどの要素を取り入れ、鮮度の高いサウンドに仕上げている。

例えば、インディーロックバンドCollageのリードシンガーとしても活動している夏子はアミ族と客家の血を引いている。漫画やJ-Rock、EDM、原住民族音楽、京劇、そしてヘヴィメタルと、彼女のインスピレーションは多彩で、台湾人の若者が持つ多様な感性を象徴しているのだという。彼女が本コンピに提供した楽曲“fu’is 星星歌”はアミ族の神話に触れており、星々は〈私たちは素晴らしい〉〈音楽がまだ鳴っているなら、泣く必要はない〉ということを思い出させるためにある、という意味が込められている。

2021年のコンピレーション『《N1》/ Nanguaq No. 1』に収録された夏子の“fu’is 星星歌”

TVタレント/YouTuberとしても活動しているArase(阿拉斯)の艶っぽいR&Bナンバー“spi adringi na ico 夢人”や、19歳という若さながらもハスキーで成熟した歌声を聴かせるDremedreman(曾妮)のファンキーな“ngadan 名字”など、トラックも粒揃い。NanguaqのYouTubeチャンネルにはDremedremanが民族衣装に身を包み、パイワン族の民謡を歌う映像もアップされており、聴き比べるのも楽しい。

Dremedremanがパイワン族の民謡を歌う映像 

 

原住民音楽とポピュラーミュージックに架かった橋

今回〈台湾の原住民とその音楽の発展〉のセクションで大々的に翻訳・引用させていただいた記事〈Indigenous Music of Taiwan: Angelic Voices of Motherland〉の著者である台湾人音楽評論家のYeves Tsai(馬瓜)氏によると、台湾の原住民音楽がここ数年、大きな盛り上がりを見せている中で、ABAOの果たしている役割は〈とてもとても重要〉なのだという。

また、銘傳大學の助教授で、台湾の原住民音楽への造詣が深いGuoTing Lin(林果葶)氏はこう語る。

「ABAOの音楽スタイルは現在のマーケットに呼応するもので、台湾のポピュラーミュージックシーンに新風を吹き込みました。私が思うに、彼女の音楽はさまざまな(原住民以外の)文化を取り入れた、ハイブリッドな現代原住民音楽を象徴するものです。そして、原住民音楽とポピュラーミュージックの橋渡し役として努力していると思います。ABAOのプロジェクトには一貫性があるんです。『《N1》/ Nanguaq No. 1』では、若手原住民アーティストたちに自分たちの言語で曲を作るよう促しました。彼らはさまざまな部族から集まっているにも関わらず、アルバムには音楽的な一貫性があります。また、ABAOは自分らしさを出す方法を知っていますし、若手アーティストたちの個性も引き出せるのでしょう」。

自身の作品のリリースに加え、後進の育成や原住民の文化的アンバサダーとしての役目まで担うABAOの活躍ぶりは目を見張るものがある。しかし、彼女は決して焦ってはいない。まずは人々が自分たちの生活のなかで、少しでもその文化を取り入れることから始めればいい、と考えているようだ。その地に足がついた姿勢も彼女の魅力なのだろう。9月10日にリリースされたチェリスト、ヨーヨー・マのアルバム『Notes For The Future』は、世界各国のアーティストとのコラボレーション楽曲が収録され、ABAOは楽曲“Thank You”で参加している。シンプルなアレンジが原曲から新たな魅力を引き出しており、ヨーヨー・マのチェロとABAOの歌声が堪能できる。発信者としてのスコープを世界にまで広げたABAOが次にどんなプロジェクトを打ち出してくるのか楽しみだ。

ヨーヨー・マの2021年作『Notes For The Future』収録曲“Thank You”

 


PROFILE: 関 俊行
ミュージシャン/プロデューサー/ライター。MIDI Creativeにて自身のアルバムをこれまでに2枚リリースする。近年は、「ミュージック・マガジン」2020年4月号の特集〈台湾音楽の30年〉への寄稿や、Taiwan Beatsへの参画など台湾の音楽を積極的に発信している。