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即興は〈時間が来たら終わる〉

――ソロのライブにおけるテープとギターという2本立てのフォーマットが、今回のソロアルバムにも反映されているんですね。

「そうです。今回の作品はレコーディング自体もライブのようにしようと思って、スタジオに入って1日で仕上げました」

――どういった経緯でアルバムを制作することになったのでしょうか?

「2019年12月に友人のKoichi Yamanoha(Grimm Grimm)が東名阪ツアーをやった時に、僕もソロで一緒にツアーを回ってライブしたんですね。そのブッキングを組んでくれたのが今回アルバムを出すMAGNIPHの春日勇人さんで、ライブを観た後に〈この感じでアルバム出さない?〉って声をかけてくれたんです。

Kohhei Matsuda × Koichi Yamanoha(Grimm Grimm)の2014年のライブ動画

実は僕、5年以上前からずっとソロのアルバムを作り続けていたんですが、ベッドルームレコーディングで制限がないのでなかなか終わらなくて。どうしようかと悩んでいたところだったので、〈スタジオに1日だけ入ってドキュメントのように仕上げる〉というアイデアなら完成させることができるかなと思ってアルバムを作ることに決めました。それで2020年1月末に1日だけスタジオに入って、ツアーの時のライブの雰囲気でドキュメントしようと思って、ライブと同じような状態に楽器をセットアップしてレコーディングに臨みました。ただ、実際にはライブみたいに一発録りで完成したわけではなくて、曲によっては何テイクか録ってから選びましたけどね」

――録音素材を切り貼りして作ったのではなく、スタジオで演奏したものをライブ録音のようにレコーディングしたと。

「そうです。テープの曲はテレコ2台とルーパー2台、いくつかのエフェクトペダルを使って、リアルタイムでテープを編集していくような感じで録りました。なので感覚としてはテープを演奏しているというよりも編集していると言った方が近いかもしれない。記憶を編集しているというか。

テープには何を録音したのか具体的に書いているものもあって、たとえば鳥の声を録音したテープには〈Birds〉と書いてあるんですけど、何も書いていないうえに何を録音したのか覚えていないテープもたくさんあるんですよ。その意味では出たとこ勝負というか、テープがブラックボックスになっているところもありました」

――用意したテープは全てKohheiさんがテレコで録音した音源ですか?

「基本的にはそうです。たとえば“TAPE 1”の冒頭ではサミュエル・ベケットの朗読の声を使っているんですが、あれはベケットの朗読をスピーカーから流しながら自分のテレコで録音したテープなんです。

あとは4トラックのMTRで昔録音した音源も使いました。4トラックで録音したカセットテープをテレコに入れて再生すると音がちょっと変な感じになるんですよ。スピードが落ちたり、どういう変化が起きるか予測しづらいところもあって、そういう部分も取り入れながらやりましたね」

『Blue Variations Vol. 1』収録曲“TAPE 1”

――ある意味で不確定的と言いますか、テープを用いた即興的なパフォーマンスを録音した作品なんですね。

「そうですね。言ってしまえばレコーディング自体をインプロビゼーションの枠組みで捉えていましたね。僕はギタリストのデレク・ベイリーがすごく好きなんですけど、彼が〈即興のコンサートで終わりがいつ来るかわかるんですか?〉って訊かれた時に〈時間が来たら終わる〉って答えたことがあって、その通りだなと思った。インプロビゼーションのライブは原理的には時間が来ないと終わらないんですよ。ライブでなくても、日常的に音楽のことは考えていますし作ってもいるので、常に続いているものをどこかでカットしなければならない。そのための枠組みを設定して切り取るというか、始まりと終わりを設けて取り出さないと先に進めないとは思っていて、それもあってスタジオで1日で録るということを決めたんです」

 

テープ=記憶をコラージュする

――今回のテープ作品は完全に即興で手元のテープを操作していったのでしょうか? それとも事前に作成したラフスケッチのようなものもあったのでしょうか?

「ラフスケッチはありました。ツアーのライブで使用していたテープをセットごとにメモしていたので、レコーディングの時もあらかじめ使用するテープをいくつか決めていて。素材を限定するというか、ある意味では作曲した作品とも言えますね。たとえばですけど、〈この3つのテープを使う〉と決めておけば、テープのどの部分を切り取って組み合わせても同じ曲になると言えるとは思うんです。

あとは現実的な問題として、特にライブでやる場合に、あらかじめ使用するテープを決めておかないと混乱してしまうこともあります。なので、それぞれのテープに番号を振って、どの番号のテープの組み合わせでやるかを事前に決めていました。テープの組み合わせはツアーの時にライブをやる中で徐々に方向性を決めていきましたね。時間軸上の構成や展開は特に決めていなかったです」

――テープの音素材は、音色や音量、音高などあくまでも物質的な音の特徴にもとづいて使用しましたか? それとも録音した文脈も含めて使用しましたか?

「いわゆるミュジーク・コンクレートだと楽音/非楽音を全て物質として等価に扱いますけど、僕の場合はもともとテープを録り溜めていた動機として日記をつけるような感覚があったので、ライブやレコーディングで使用する時は単に物理的な音としてだけ捉えるのではなくて、いわば記憶を物質化するような感じがありました。たとえばピアノの音だったら実家に里帰りしている時に弾いた音なので、その時の記憶を物質として対象化することで、記憶と向き合っていくという感じです。もちろん、いつどこで録ったのか全て正確に記憶しているわけではないですけどね」

――テープを操作/編集しながら記憶をコラージュしていくと言えばいいでしょうか?

「そうですね。まさに記憶をコラージュしていく感覚です」

――今回のアルバムにはテープ作品が3曲収録されていますが、それぞれの楽曲によってサウンドの特徴もかなり異なっていますよね。各楽曲にはどのようなテーマがありましたか?

「何かテーマを設けてからレコーディングしたわけではなくて、レコーディングの時はとにかく音を組み合わせて最適なものを生み出そうということだけを考えていました。

ただ、あらためて聴き直してみて気づいたんですが、楽曲ごとに使用したマテリアルが一定の傾向に分かれているんですよね。“TAPE 1”は今僕が住んでいるアムステルダムで録音した音が多くて、ピアノの音だけ岐阜県の実家で録っているので、すごく遠い過去とほぼ現在ぐらいの近い過去の組み合わせになっている。“TAPE 2”はロンドンでの録音が多くて、テレコで録音し始めた時期に部屋でギターで弾いた音をメインに使っています。“TAPE 3”は学生時代に課題で作った音がもとになっているんですよ。僕はいわゆるアートスクールに通っていたんですが、1年目にファインアート学科に所属していて、その時にコンピュータで作った音源なんです。もう15年ぐらい前ですね。その音源を4トラックのMTRでカセットテープに録音したものを使用しています。なので、それぞれの楽曲ごとに録音した場所や時期が分かれているんです」

『Blue Variations Vol. 1』収録曲“TAPE 2”