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7月20日:BO NINGEN w/D.A.N. @渋谷WWW

個人的5連戦最終日、BO NINGENの〈VS〉ツアーも3戦目にして最終戦。誇張でもなんでもなく、「最近日本で面白いバンドいる?」という質問の答えで今年一番話題に出ることの多かったバンド、D.A.N.との一騎打ちである。

彼らもシティー・ポップ(筆者は個人的にこの括り方はとても嫌いである)の枠から一足も二足もはみ出した音楽、そしてなんとも気持ちの良いライヴであった。シティー・ポップという括りが嫌いと書いたが、それはネットでほんの数個、試しに聴いてみたバンドや音源のほとんどが(それも無理矢理括ってあった)90sの簡易コピーに聴こえてしまったからであり、何がシティーのポップなのか分からなかったからであり、tofubeats君とかの打ち込み勢のほうがよっぽどシティー・ポップなのでは……。と思っていたのだが、今回の滞在でちゃんと80sの日本の音楽からの影響を感じるバンドもたくさんいるのだと言うことに気付くことができて、よかったと思っている。

D.A.N.の2016年のライヴ映像
 

僕達にとって日本の音楽は、YouTubeやSoundcloud、そしてTwitterやFacebookのなかの、外国の特異なシーンなのだが、やはり現場に行ってライヴを観ないと全ては分からない。アイドルオタクで言うところの〈在宅オタ〉として全てを語ってはいけないなと、改めて感じた次第である。


7月21日:OFF

連日のツアーの疲れを癒すべく、祖母のお見舞い(この時に会いに行けて本当に良かった)と印鑑証明で役所に行くだけで、一日完璧にアルコホールとタバコenvelopmentと距離を置いて、家族とゆっくり過ごす。


7月22日:〈FUJI ROCK FESTIVAL '16〉初日

待ちに待った〈フジロック〉。
僕達が初めて出演/個人的に初めての日本のフェスだったのが2013年の〈フジロック〉で、あの時は約20年ぶりに、小さい頃家族でスキーしに来て泊まった苗場プリンスホテルにアーティストとして泊まり、思い出のゲレンデでライヴができたことが感慨深かった。

そしてあれから3年、またしてもアーティストとして帰ってくることができ、さらに今回は〈White Stage〉(前回は〈Red Marquee〉)。出演することも、〈フジロック〉自体に行くことも本当に楽しみだった。なぜなら、心の底から〈世界で一番好きなフェスティヴァル〉と呼べるからである。

僕達の出番は最終日にあたる24日(日)であるがゆえ、本来前乗りしたとしても前日なのだが、今回の滞在はOFFがなかったので、「〈フジロック〉では純粋に遊ばせて下さい!!!! 初日の深夜にラジオで宣伝もしてきます!!!!」とマネージャーを口説き落とし、ローディーのKazu君と金曜日の昼から乗り込んだ。

はじめての〈フジロック〉にテンションぶちアガリのkazu君
 

同乗させてもらった某外人バンドさんの遅刻と事故渋滞により、残念ながら楽しみにしていたKOHHのライヴには間に合わなかったが、苗場プリンスホテルに到着した瞬間にTHE BAWDIES先輩と再会。

ライヴは、
UA→THE INTERNET→LEE“SCRATCH”PERRY→JAMES BLAKE→SIGUR ROS→DISCLOSURE→(深夜Radio生出演)→SOPHIE→Ken Ishii→DJ NOBU
と1日フルで回す。

1組ずつ感想を書いていくとスペースも僕の脳の体力も足りなくなってくるので、何故このようにライヴを楽しめたのかを重点的に書いておきたい。

まずは海外のフェスに比べて、圧倒的に綺麗で安全、さらに全体的なマナーも良い。そしてご飯が美味しい。ここらへんはこの連載のバックナンバーを遡って頂くと、(特にUKとの)差異が明らかに分かると思う。綺麗で安全、さらには迷惑行為をしてくる方々にも遭遇しにくいというのは、純粋に音楽に集中できるということだ。また、美味しいご飯は何よりのエネルギーである。

そして初参戦した2013年の際になにより一番驚いたのは、各ステージの音の良さである。一番大きい〈Green Stage〉をかなり遠くから観ても、もの凄く音がクリアだったし、低音までズッシリ伝わってきた。特に野外ステージは風の影響などもあり、かなり音が散漫になってしまうことが多いのだが、〈フジロック〉ではそのような野外での音問題をまったく感じなかった。

フェスとか関係なくライヴを観ることに関しては飽きっぽい筆者なのだが、以上のことから各アクトを本当にじっくり楽しんで観ることができた。

あとは山の中というのも素敵な要因の一つだ、普段は苦痛でしかないステージ間の移動だか、景色も綺麗だし空気も美味しいし、とにかく移動が楽しかった。iPhoneの記録によると、筆者は金曜日だけで4万歩歩いているので、25kmぐらいは歩いた計算になるが、まったく苦にならなかった(この日からサーヴィスを開始した〈Pokemon GO〉でもやっておけば良かったなと思うぐらいである)。

そして言うまでもなく観たいアクトが多すぎたのだ、今年は。
金曜日だけでこれだけ観ているが、泣く泣く時間の被りや移動を考えて観れなかったものもたくさんある。金曜日は結局翌朝の6時頃に就寝となった。

朝方、Ken Ishiiがヤバすぎたとさらにテンションがあがるkazu君

 

7月23日:〈フジロック〉2日目

頑張って昼前に起床し、お昼のラジオの生出演を迎える。

ライヴは、
THE ALBUM LEAF→在日ファンク→(ミーティング/機材搬入)→BECK→TORTOISE→SPECIAL OTHERS→SQUAREPUSHER
と、翌日に備えて少し抑えたものの、やはり15~20kmぐらい歩き回っていたらしい。この日はさすがに早めに部屋へ戻り、本番に備えて就寝。

 

苗場プリンスホテル一室にて、翌日のセットリストを決める我々 Photo by Yosuke Torii

 

7月24日:BO NINGEN @〈フジロック〉最終日/演奏編

2013年もそうだったが、ステージ一発目の出演者の朝は早い。朝食をかっ込んで機材を積み、車で〈White Stage〉へ向かう。一発目はサウンドチェックができるため、出番より相当早めにステージ入りするのである。

機材をセットする筆者 Photo by Yosuke Torii
 

〈White Stage〉は屋外なので、雨男でおなじみのBO NINGENからすると、4人集まる当日のお天気はとても心配だったのだが……。

とにかく暑い。
サウンドチェックの際に、エフェクターの電光が見えないぐらい日差しが強い。このような事態は、2013年のオーストラリアは〈Big Day Out〉の時以来のように思う。実際に、僕達の演奏前にお客さんの一人が熱中症で倒れて運ばれてしまったとのニュースを控え室で聞く。そのぐらいの局地的猛暑だったのだ。

ひさびさに、本番前に円陣を組んだ
 

そんな猛暑、そして日曜日の1バンド目。
天気もそうだが、お客さんが集まってくれるかも心配だった。

ステージに出た瞬間に思わず
「朝早くからこんなに来てくれてヤバいっすね、ありがとうございます」
と無意識に言っていた。
「早く起きたの後悔させないから、全力でいくから宜しくお願いします」
と付け加え、演奏を始めた。

 

実際に、欧米ではもっと広いステージやキャパでの演奏経験はある。ただ、日本でこれだけのお客さんを目の前にし、山に囲まれ、その先には空が広がっている景色は、脚色なしで人生で一番美しい景色だった。

ステージ前方のお客さんのモッシュが始まると、ステージに向かって砂嵐が発生した。

苦しいけど嬉しい
 

日本という以上に、この日は何か特別だった。
普段より一層、歌詞を変えてその瞬間に言いたい言葉がたくさん出た。

そしてラスト前の曲、“夏の匂い”の曲中に、僕は会場のスクリーンで丸わかりになるほどに、泣いていた。

 

 

みんなも演奏中、良い顔をしていた
 

昼一から来てくれたお客さんと、 関わってくれた方全員。
そしてこの天気に感謝を込めて、“大快晴”を演奏した。

 

泣いて笑って、全てを出し切った。
演奏した直後なのに、白昼夢のようだった。

Yukiがふと
「思い出にしたくない」
と言った。

全くもって同感だった。

これは演奏終了直後のカット。僕が今までで一番好きな集合写真だ。みんな良い顔してるぜ(僕は涙目)

 

7月24日:BO NINGEN @フジロック最終日/お客さん編

演奏が終わっても、僕達の白昼夢状態は醒めなかった。プリンスホテルに戻ってのインタヴューや撮影も、不思議に細部まで事細かに覚えている。

プレスエリアでの演奏後のコメント動画
 

そしてそのまま、お客さんに戻って、
ROBERT GLASPER EXPERIMENT→BABYMETAL→EXPLOSION IN THE SKY→RED HOT CHILI PEPPERS→BATTLES→電気グルーヴ
を観た。

この日は演奏後、本当にたくさんの方に声をかけて頂き、一緒に写真を撮って貰った。その様子がTwitterにあがる度に、我々のマネージャーが〈BO NINGEN GO!〉と次々にリツイートしていく様も面白かった。

電気グルーヴのアンコールが終わり、〈Green Stage〉が閉まると、どんどんと寂しさが襲ってきた。


7月25日:OFF

結局、その日のうちに友人の車に乗せてもらうことになった筆者だったが、サービスエリアでまったりしすぎたり、渋滞に巻き込まれたりで、東京の実家に着いたのは翌朝10時頃になっていた。

仮眠を取り、ゆっくりと過ごした一日だったが、出先から最寄り駅に着き、実家まで歩く際に、また涙がボロボロ出て止まらなくなった。
僕は幸せものだなと、思った。

 

7月26日:BO NINGEN/KISEKI @新代田FEVER

二日たっても白昼夢のモヤは消えない。この日は 〈BO NINGEN & Friends〉と銘打った、友人達を招いたフジロックお疲れ様会である。

この日はYuki以外、2セットずつの出番。
Mon-chan + JUNYA ISHII
KOHHEI MATSUDA + 伊東篤宏
KISEKI

この日のKISEKIはとにかくエモいライヴになった。一番曲っぽい曲にもなったし、歌詞も一番ストレートなものが出てきたように思う。一緒に過ごした時間を含め、今回の夏の思い出の70%ぐらいは食品まつりさんが占めています。本当にありがとうございました、そしてロンドンで待っています。 

それからBO NINGENとしてのセット。
遊びに来ていたドレスコーズの志磨君が、サプライズ・ゲストとしてヴォーカル参加したSUICIDE“Ghost Rider”のカヴァー。志磨君と共にアラン・ヴェガの追悼ができて幸せである。

スーサイド“Ghost Rider”のライヴ映像
 
志磨君ほんとうにありがとう!

 

7月27日:Taigen Kawabe @月見ル君想フ

前日もあんなにエモく終わったのに、実はまだもう1ライヴあったのだ! この日はロンドンへの帰国前日、言うなれば仮出所最終日である。ライヴ前に荷物のパッキングを多少行ってから会場入り。

この日は僕が10代の頃から敬愛するdownyの青木ロビン氏、People In The Boxの波多野君、そして僕を含めたこの3組が発表された際に「なんで僕がいないんだ!」とTwitter上で僕とプロレスを繰り広げたTHE NOVEMBERSの小林君も無事ブッキングされて、なんとも強烈なバンドのフロントマンのソロ×4というイヴェントになった。

正直、帰国前日ということもあって出演オファーを頂いた際に相当迷ったのだが、このメンツで帰国前日だとか〈フジロック〉後とかいう言い訳で断るのはナンセンスである。

まず初っ端、小林君のソロ2曲目で僕の涙腺が崩壊する。
〈フジロック〉以降の僕の涙腺はもちろんザルなのだが、そんなことは関係なく小林君の純粋な歌が聴ける弾き語りだと、バンド・セット以上にどストレートにグザグサ刺さってきた。正直、逃げられなかった。

そんなライヴを観た後、即興のベース弾き語りは何回もやっているが、この日のメインは歌に決めた。小林君のソロ・セットと、本番前に行ったロビンさんとの対談で話題に上った、ヴォーカリストの声についての会話の影響もあったかもしれない。

最初に歌う一音目から少し涙で震えていた。この日が今回の一ヶ月20本ライヴの千秋楽でもあるし、帰国前日はただでさえエモくなるのに、フジロックの白昼夢からも抜けていない。この夏の思い出を噛み締めるように、大事に一音一音歌って弾いた。

青木ロビンさんのソロ・ライヴを観るのは初めてだった。前記の通り、バンドのフロントマンとしての濃い対談を終えた後である。downyの時よりも数倍浮きぼりとなる、ソウルフルなヴォーカル。説得力が半端なかった。最後の曲はまさかの友人への鎮魂歌。

そしてトリは波多野君のステージ。他の二人とは違って初対面だったのだが、水のように入ってくるパフォーマンスであった。

「今回のメンバーは濃ゆいといいうか。Taigenくんとは初めて会ったんだけど、音楽を聴いただけでどういう人生を送ってきたのかがわかりますよね。もちろん小林くんもロビンさんも。僕は? わからないでしょ。わかってたまるかw!」(twitterのお客さんのMC文字起こしを拝借)

MCではこう言っていたが、僕も波多野君という人が少し分かる素敵なライヴだった。その後は4人でdownyの“猿の手柄”を演奏。僕達後輩3人衆が、ロビンさんにFacebookのグループチャットでゴネた結果、ロビンさんが折れる形でこの曲になった。

downyの2001年作〈第1作品集『無題』〉収録曲“猿の手柄”
 

好きな曲を本人のヴォーカルで、さらに小林君と波多野君と一緒に演奏できて、今回の滞在における最後の曲としては最高すぎる一曲だった。

 

これにて今回の日本滞在の話はおしまいです。この長文を最初から最後まで読んで頂いた方、本当にありがとうございます。他人のガチ日記をじっくりと読んでしまったかのような背徳感を感じられていたら本望です。そして、今回の記事で新しい日本の音楽に出会えていたらもっと幸せです。

僕にとっては年に一回あるかないかの日本の現場ですが、日本の皆様は音源もすぐに買いにいけますし、ライヴやクラブにもすぐ足を運べるかと思います。是非とも、行ったことがないライヴハウスやクラブ、観たことのないアーティストの現場やイヴェントへ、足を運んで頂けたらと思います。

そしてBO NINGENとしても、また日本で会いましょう。

最後に、残念なお知らせになってしまうのですが、bounce時代から続く本連載は今回で最終回となります。2013年の2月からの約4年間、ご愛読本当にありがとうございました。そしてこのようなバンドから発信できる場を長期に渡って作ってくれたMikikiの皆様には、感謝しかありません。

日本人バンドとして海外拠点での活動、現地やツアー先での生活を切り取ってお届けしてきましたが、日本の読者の皆様の新しい発見や刺激になっていたら嬉しいです。

海外生活、それもバンドでの活動となると、様々な疑問やファンタジーが生まれるものですが、少しは解答になったでしょうか。そして良くも悪くも少しは裏切れたかな? 解消しきれなかった気持ちや疑問はライヴに来て、直接メンバーに訊いてみて下さいね。

意外と〈書くこと〉が好きな4人ですので、文章としてもまたどこかでお会いできることを信じて、一旦お別れです。またね。

★bounce期〈BO NINGENの人生一度きり〉バックナンバーはこちら
★Mikiki期〈BO NINGENの人生一度きり〉バックナンバーはこちら

 

PROFILE/BO NINGEN


Taigen Kawabe(ヴォーカル/ベース)、Kohhei Matsuda(ギター)、Yuki Tsujii(ギター)、Akihide Monna(ドラムス)から成る4人組。2006年、ロンドンのアートスクールに通っていたメンバーによって結成。2009年にアナログ/配信で発表した 『Koroshitai Kimochi EP』が現地で話題となり、UKツアーのみならず、日本盤の発表後は日本でのツアーも成功させる。2011年にミニ・アルバム『Henkan EP』、2枚目のフル・アルバム『Line The Wall』をリリース。〈フジロック〉やオーストラリアの〈Big Day Out〉、USの〈SXSW〉〈コーチェラ〉といった各国の大型フェスへ出演し、ますます注目を集めるなか、2014年に最新作『III』をドロップ。さらに、37分に及ぶ大曲となる盟友サヴェージズとの共作シングル“Words To The Blind”を発表。そして、2016年には日本限定のミニ・アルバム『Kizetsu no Uta / Live in Paris』(ソニー)をリリースし、2年ぶりに〈フジロック〉へ出演。そのほか詳しい情報はこちらへ!

BO NINGEN“Kizetsu no Uta”