コロナ時代の1曲〉〈91年リリースの1曲〉と、好評を博してきたMikikiの連載シリーズ〈アーティストと音楽関係者が選ぶ「わたしの1曲」〉。今回のテーマは〈この曲、自分が書きたかった〉です。ミュージシャンや作曲家の方々に〈この曲、自分が書きたかった〉と思わせられるほどの魅力を感じる曲を選んでもらいました。ミュージシャンや作曲家が憧れたり嫉妬してしまったりする曲とは? *Mikiki編集部

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やけのはら

DJや作曲、ラップ、執筆業など多様なフィールドを独自の嗅覚で渡り歩く。2009年に七尾旅人×やけのはら名義で“Rollin' Rollin'”をリリース。ソロアルバムは『THIS NIGHT IS STILL YOUNG』、『SUNNY NEW LIFE』。DJとしてはハウスやテクノ、ディスコを中心としつつ、幅広い選曲を得意としている。また、アンビエントユニットUNKNOWN MEのメンバーとしても活動し、2021年にアルバム『BISHINTAI』をリリースした。雑誌「POPEYE」でのコラム連載など文筆業も行い、2018年に著作「文化水流探訪記」を青土社から刊行。

 

あなたが〈この曲、自分が書きたかった〉と思う曲は何ですか?

ブライアン・イーノ “1/1”(78年作『Ambient 1: Music For Airports』収録曲)

〈この曲、自分が書きたかった〉と思う曲を選んでください、とのお題を頂いたのですが、思い返してみると、あんまりそういった気持ちになったことがなく、途方に暮れてしまいました。

〈こんな曲、作れたらよいな……〉だったら、日ごろ沢山思い浮かびますし、この曲はどういった手法、音色、コード、スケール、マインド、楽器、構成、etc.によって作られているのだろうと無意識に感じながら人の曲に触れています。

例えば(モーリス・)ラヴェルの“水の戯れ”(1901年)など、子供の時からピアノをやっていたような方にとってはどのような難易度なのか、作曲技法としてどんなレベルと評価されているのかは私にはわかりませんが、少なくとも今の私には作れるレベルの曲ではなく、そうか、こういうハーモニーで、とか漠然と享受しつつ、いつか〈こんな曲、作れたらよいな……〉と思っているわけです。

つまり〈こんな曲、作れたらよいな……〉には、背伸び感があるというか、自分には作れないものをさしているという側面がありそうです。

に、対して〈この曲、自分が書きたかった〉ですが、若干の嫉妬と言いますか焦燥感と言いますか、世の多くの妬み嫉みが、何らかの面において自分がなれたかもしれない対象に対して発動するように、自分でも作れる(もしくは作れそう)という距離感の近さを感じさせます。

そう思考を進めると、自分が普段、制作手法にしている打ち込み系の曲なら〈書きたかった〉もあるのではないかと、さらに記憶を辿ります。すると、思い浮かんだのは、ブライアン・イーノの『Ambient 1: Music For Airports』に収録されている曲たちでした。

このアルバムが一番好きなイーノのアルバムというわけではないですし、これ以前のアルバム『Discreet Music』(75年)で、すでに近いアイデアを試しています。そしてもちろん、アンビエント的なアイデアの源流としては、よく語られるように(エリック・)サティがあり、また、特定の場に向けたBGMという面では、バロック時代のサロン音楽も視野にあったようにも思います。

それでも、録音芸術以降に明確な形で、肥大化する消費主義、また商業化する(スピリットを切らした)ロック産業に対してのカウンターとして、〈聴かれなくてもよい音楽〉を打ち出したのは、現在はその大部分が安易なリラクゼーション音楽として変容消費されているとはいえ、今なお有効な発信だったのではないかと感じます。

話は一度それますが、曲を〈書く〉という慣用表現は、音楽業界の著作権管理団体を〈音楽出版〉と呼ぶのと同じ起源で、録音技術の発明以前は音楽を世に伝達する=楽譜を出版していた、音楽を作る=譜面を書いていた、ところから来ているのでしょう。

一聴デタラメに聴こえるような急進派近代西洋音楽――現代音楽においても、譜面が書かれるということが西洋音楽の系譜にあることの基準だと、何かの本で読んだ記憶があります。録音~複製時代以降、直接録音してしまえば良いので〈必要〉な存在ではなくなった譜面ですが、逆説的にイーノのような譜面を必要としない(譜面化し再現するのが不可能な)サウンドデザインは、現代的な〈曲を書く〉形と言えるのかもしれません。

と、文字を打ちながら、『Music For Airports』の裏ジャケットには(抽象化され演奏不可能な)図形楽譜が載っていたことを、ふと思い出しました。

長文になってしまいましたが、あながち荒唐無稽な解釈でもないはずということで、シンガーソングライター(と言っても良いでしょう。声は発していませんが、自演という面では)としてのブライアン・イーノの『Music For Airports』から、“1/1”を聴いてみてはいかがでしょうか?

 


RELEASE INFORMATION

やけのはら, ロンリー 『ヤングリーフEP』 SPACE SHOWER MUSIC(2016)

リリース日:2022年2月2日

TRACKLIST
1. うみのいえ
2. ヤングリーフ
3. 夜の落とし穴
4. ヤングリーフ (beatless)

松本壮史監督、伊藤万理華主演の映画「サマーフィルムにのって」(2020年)の挿入歌である、やけのはらとロンリーのコラボレーション楽曲“ヤングリーフ”が収録された4曲入りEP『ヤングリーフEP』が待望のデジタルリリース! 7インチのみで2016年に発表されたあの名曲が昨年夏の映画を経て、遂に配信されます。

カップリング曲“夜の落とし穴”はKEITA SANOによるディスコトラックをバックに、ヒューヒューボーイ、岡山のローファイガールズバンドaaps、フィメールラップグループのY.I.M、下手ジャケラッパーのオオヤヨシツグ、思い出野郎Aチームより高橋一、チャッピー源、増田薫、そしてVIDEOTAPEMUSICといった両者ゆかりのミュージシャンたちが、夜の失敗談をテーマにマイクリレーしたパーティーナンバー。また今回のデジタルリリースでは表題曲の別ver.“ヤングリーフ (beatless)”も初収録。

 

UNKNOWN ME 『BISHINTAI』 Not Not Fun(2021)

リリース日:2021年4月30日

TRACKLIST
1. Beauty, Mind and Body #1
2. Open The Sense
3. Gaze on Your Palm
4. Breathing Wave (with foodman)
5. Have a Noble Meal (with Jim O'Rourke) 
6. Moisture of View (with MC.Sirafu) 
7. Beauty, Mind and Body #2
8. Isometrics
9. Can You Hear a New World
10. Treadmill (with Lisa Nakagawa) 
11. Aroma Oxygen
12. Beauty, Mind and Body #3