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Photo by Hisham Bharoocha

社会的なサイケデリックミュージック――今ここのリアルを引き受け、他者の場所と時間を祝福すること
by 柴崎祐二

ここ最近、少し疲れがたまっているようで、なんとなくダルく、気が晴れない。コロナのせいではないと自分では思う(おそらく、きっと)。もっとなにか、漠然とした虚脱感。旧知の友人と久々に会うと、言葉はかわさずとも、どうやらお互いが同じような心持ちなのだとわかる。もしかしてミドルエイジクライシス? そんな馬鹿な!と笑ってみつつ、案外そうなのかもしれないと思い次の瞬間にムムッと口をつぐむ。けれど、彼と話し込んでいるうちに徐々に心がほぐれてきて、最後には互いに〈まあ、やっていきましょう〉と言い合い、帰り道の足取りは少しだけ軽い。

かつて私は、多くの元若者と同じように『Merriweather Post Pavilion』(2009年)を愛聴し、それ以前の〈フリーフォーク〉を牽引していた頃の初期作品にも親しんだ。しかし、いつからか(2012年の『Centipede Hz』あたりからだったと思う)彼らの音楽に思わせぶりな韜晦やシアトリカルな諧謔ばかりを嗅ぎ取ってしまうようになった(実際どうだったかではなく、私はそう感じてしまった)。その上、一昨年のEP『Bridge To Quiet』(2020年)がこれまたかなり沈鬱に響いてきてしまい、うなだれたりもした。

2020年作『Bridge To Quiet』収録曲“Bridge To Quiet”

けれどどうだろう。『Time Skiffs』は、私の心身を心地よく取り囲んでくれる。そのサウンドは、かつてないほどに柔和で、温かに聴こえる。凝ったアレンジや非単線的なリズム、各音色の妙味などは過去作からの延長を感じさせるが、それらがあくまで楽曲の総体的なテクスチャーに従事し、4人のメンバー間のアンサンブルの有機性を決して妨げない。これは、パンダ・ベアが全編生ドラムを叩いていることによるロウな質感と、ディーキンの復帰によってハーモニーがより芳醇になったことなども大いに関係しているのだろう。

『Time Skiffs』収録曲“Walker”

現在、アニマル・コレクティヴのメンバーは各地に散らばって暮らしているため、2019年夏には本作のリハーサルのためにテネシー州でセッション合宿をしたという。この時点から〈4人が久々に膝を突き合わせた作品〉が念頭に置かれていたわけだが、その後のコロナ禍によってレコーディング本番はリモートで行わざるをえなくなった。しかしというべきか、だからというべきか、かえって〈4人であること〉が強く志向され、その旨味が色濃く溶け込んでいるふうなのだ。

アルバムを聴いていると、(これ自体はもはやクリシェめいた言い方ではあるが)〈ここではないどこか〉へ誘われていくのがわかる。かつて、彼らの音楽の特徴の一つであるこうした〈サイケデリック性〉は、いわば〈ここ〉と〈今〉という準拠点を先んじて溶解させてしまうチャイルディッシュで逃避主義的な放埒を感じさせるものだった。対して本作では、彼ら自身の〈ここ〉と〈今〉のリアリズムを引き受けながらも、バンド形式での合奏のコミュニケーションとしての可能性や、録音芸術としての楽曲に畳み込まれた数多の時間や場所性を祝福しようとする、ある意味では〈社会的〉ともいっていいような温かなサイケデリック性が醸されているように感じた。つまり、本作における〈ここではないどこか〉への誘いとは、現実を遮断する遊技場への誘惑ではなく、各メンバー/リスナーを含んだ多くの他者にとっての場所や時間を想像することへの誘いなのではないか。『Time Skiffs』=〈時間の小舟〉というアルバムタイトルを、そんなふうに読んでみるのもあながち的外れでないように思う。

プレス資料によれば、この2年の間は以前に増して神経質になり、毎日のように〈これで終わりだ〉という感覚に陥っていたのだという。そうした不調を経てもなお、このような好作をじっくりと作り上げたアニマル・コレクティヴに、彼らより少しだけ下の世代のミドルエイジャーとして喝采を贈りたい。私にとって『Time Skiffs』は、本稿冒頭に登場してもらった友人との会話のようなアルバムだ。

アルバムの歌詞から、個人的にお気に入りの〈会話〉を引いておこう。

その瞬間に身を屈めれば
何を思うこともない
そして人々の希望に耳を澄ます
そういうのこそ至福ってやつだ
この一瞬はただ癒やしのためにあり
しかも始まりなのだから

――“We Go Back”より

『Time Skiffs』収録曲“We Go Back”

 


RELEASE INFORMATION

ANIMAL COLLECTIVE 『Time Skiffs』 Domino/BEAT(2022)

リリース日:2022年2月4日

■国内盤CD
品番:BRC689
価格:2,420円(税込)
解説・歌詞対訳封/ボーナストラック収録

■輸入盤CD
品番:WIGCD501
価格:2,490円(税込)

■国内仕様盤LP(クリアルビーヴァイナル/限定盤)
品番:WIGLP501XBR
価格:6,290円(税込)
日本語帯付/解説書封入

■限定盤LP(クリアルビーヴァイナル/限定盤)
品番:WIGLP501X
価格:5,990円(税込)

■輸入盤LP
品番:WIGLP501
価格:5,490円(税込)

TRACKLIST
国内盤CD
1. Dragon Slayer
2. Car Keys
3. Prester John
4. Strung With Everything
5. Walker
6. Cherokee
7. Passer-by
8. We Go Back
9. Royal And Desire
10. Car Keys - Live September 8, 2021 Lexington KY (Bonus Track)

LP
Side A
1. Dragon Slayer
2. Car Keys

Side B
1. Prester John
2. Strung With Everything

Side C
1. Walker
2. Cherokee

Side D
1. Passer-by
2. We Go Back
3. Royal and Desire

 

INFORMATION
DOMINO CAMPAIGN 2022

開催期間:2022年2月25日(金)~

■CAMPAIGN 1
対象商品に貼付された応募シールを3枚以上集めて応募すると、応募者全員に〈Domino〉ロゴトートバッグをもれなくプレゼント!

■CAMPAIGN 2
フランツ・フェルディナンド『Hits To The Head』(3月8日リリース)と、ウェット・レッグ『Wet Leg』(4月8日リリース)の国内盤CDの初回生産分に特製レーベルロゴステッカーを封入。

左:フランツ・フェルディナンド『Hits To The Head』封入ステッカー/右:ウェット・レッグ『Wet Leg』封入ステッカー

■CAMPAIGN 3
対象タイトルの国内盤CD(一部タイトルを除く)が数量限定スペシャルプライス盤でリリース!

■CAMPAIGN 4
キャンペーン期間中、Beatink.comにてドミノの2022年リリースの新譜を除く全カタログ作品が10%オフ!

キャンペーン詳細や応募方法などはこちらの特設サイトにてチェック!
https://www.beatink.com/user_data/domino_campaign_2022.php