Photo by John Abbott

なんてゴキゲンな響きなんだろう。思わず手を叩き、指を鳴らしてしまった。明るく、温かく、優しい。

NY在住のジャズピアニスト、海野雅威がニューアルバム『Get My Mojo Back』を発表した。ハンク・ジョーンズ、ジュニア・マンス、ジョージ・ケイブルス等の手ほどきを受け、ジミー・コブやロイ・ハーグローヴなど数々のレジェンドのレギュラーメンバーとして活動を続けてきた逸材の、まさしく待望の一作である。

海野は2020年9月にNYでヘイトクライムによる暴力被害に遭い、右肩骨折などの重傷を負った。予定されていた演奏活動は白紙に戻り、かわりに待ち受けていたのはリハビリの日々だった。

が、音楽やジャズへの愛、創造力に陰りがさすことはなかった。驚くほどの速さでペースを取り戻した海野は、昨年10月から11月にかけて来日ツアーを敢行。復活を心から信じてきたミュージシャン、オーディエンスと一体となって感動的なステージをつくりあげた。

その余韻が残るうちに、当ニューアルバム『Get My Mojo Back』の登場だ。NHKスペシャル「この素晴らしき世界 分断と闘ったジャズの聖地」(2021年)で海野雅威を知ったファン、以前から彼の小気味よいピアノタッチに喝采を送ってきたファンのどちらも、笑顔で聴き入ってしまうこと間違いなしの音世界がここにある。

海野雅威 『Get My Mojo Back』 Verve/ユニバーサル(2022)

 

こんなことで負けてたまるか! 絶望しても音が止むことがなかった

――海野さんの新作のタイトルが『Get My Mojo Back』だと知って、個人的には飛び上がるほど嬉しくなりました。マディ・ウォーターズで有名な“Got My Mojo Workin’”やライトニン・ホプキンスの“Mojo Hand”、オルガン奏者ジミー・スミスのレーベル〈Mojo〉を思い出したからです。このニューアルバムも、すごくファンキーでリズミカルですね。

「ありがとうございます。療養中に思ったのは、まさにこの状態はブルースだということです。いろんな辛いシチュエーション、苦難を乗り越えて、それを音楽で表現するブルースやジャズのミュージシャンと自分を重ね合わせたところもありますね。

もちろんマディ・ウォーターズは聴いていますし、“Got My Mojo Workin’”という曲自体がブルースですから、インスピレーションは受けました。黒人教会のコール・アンド・レスポンスのイメージもありますが、ピアノがメロディーをとってホーンセクションが伴奏する形の曲は、ありそうでそれほど多くないと思います。

Mojoは〈不思議な力〉という意味です。怪我でピアノがまったく弾けなくなってしまって、絶望してもおかしくないような暗い時期を過ごした時も、自分の心の中に音楽のアイデアが湧いてきて、いろんな音が聞こえてくるのが止むことはありませんでした。演奏できない時でも、自分から音楽が離れていくことはないと感じました。その〈不思議な力〉が希望に繋がったことと、力を取り戻すという意味合いを込めてこのタイトルにしました」

マディ・ウォーターズの“Got My Mojo Workin’”のライブ動画

――演奏ができなかった時期、ご自身のミュージシャンとしてのキャリアやアイデンティティを振り返ったことは?

「生い立ちまで振り返りました。幼少時に両親の勧めでピアノを始めて以来、ピアノは呼吸をすることのように自分にとっては欠く事のできない自然な存在でした。それが突然まったく弾けなくなってしまった感覚は、息ができないような絶望的な苦しさでした。そんな時に世界中から寄せられた復帰を願う温かいメッセージや支援、そして大切な友人や家族の存在は、大変な状況でも世の中はそれでもなお素晴らしいと感じられる心の支えとなりました。

ジミー・コブやロイ・ハーグローヴのバンドでレギュラーピアニストを任され、学んだり感じてきた経験をさらに自分の音楽に生かしていきたいと思っていたさなかの事件による大怪我でした。〈こんなところで負けてたまるか! 決して差別や暴力に屈せず、必ず復帰するんだ〉という強い気持ちを持つことができたのは、ロイやジミーの天国からの励ましもあったからだと感じています。

まったくピアノが弾けなくなってしまった時期を経験して、生きていること、生かされていることへの感謝の念がより一層強まりました」

〈海野雅威さんを支援する配信コンサート LOOK FOR THE SILVER LINING〉ティーザー。海野雅威が暴行被害に遭った後、ジェローム・ジェニングスがクラウドファンディングを実施するなどアメリカや日本で支援の輪が広がった