本国アメリカにおける新潮流に負けじと盛り上がりを見せる、ロンドンを中心としたUKジャズ・シーン。ダンス・ミュージックやロックなど、他ジャンルとクロスオーヴァーする英国らしい気風が、優れた作品や新たな才能を生んでいる。なかでも注目の鍵盤奏者、ジョー・アーモン・ジョーンズから、セカンド・アルバム『Turn To Clear View』が届けられた。
今回は、ele-king編集長・野田努との対談〈いまUKジャズがおもしろい!〉でも協力してもらった、シーンをよく知るライターの小川充が、アーモン・ジョーンズその人に話を訊いた。シーンの実情と新作のサウンドの肝とは? 当事者にして気鋭の音楽家が、大いに語った。*Mikiki編集部
高い評価を得た前作『Starting Today』
近年熱い視線が注がれるサウス・ロンドンのジャズ・シーン。2017年のシャバカ・ハッチングスやユセフ・カマールなどの作品によって日本にもその盛り上がりぶりが伝えられ、2018年にはコンピの『We Out Here』を皮切りに、モーゼス・ボイド、サンズ・オブ・ケメット、マイシャなどの素晴らしいアルバムが続々と紹介された。その中でも特に高い評価を集めたのがジョー・アーモン・ジョーンズの『Starting Today』だった。
エズラ・コレクティヴというアフロビートとジャズを結び付けたバンドでも演奏するジョー・アーモン・ジョーンズは、カマール・ウィリアムズ、アシュリー・ヘンリー、アルファ・ミスト、サラ・タンディなどと並んで、現在の南ロンドン・ジャズ・シーンでもっとも才能溢れるピアニスト/キーボーディストである。『Starting Today』はジャズにアフリカ音楽、レゲエ、ダブ、ソウル、ファンクなど多彩な要素を融合したミクスチャーなもので、ヒップホップやハウス、ブロークンビーツなどクラブ・サウンドを経由したロンドンらしいサウンド・プロデューサーぶりを発揮していた。
とにかく皆、〈ミュージシャン〉なんだよ
前作はロバート・グラスパーやカマシ・ワシントンなどアメリカの新世代ジャズ勢とはまた異なる個性を感じさせるものだったが、そんな彼のニュー・アルバムが『Turn To Clear View』だ。先にエズラ・コレクティヴでもアルバム『You Can’t Steal My Joy』を発表したばかりで、2019年はジョー・アーモン・ジョーンズにとってもエポック・メイキングな一年となりそうだ。
「今年は色々な活動があって本当に忙しかった。そんな中でストレス・フリーであろうと努めることが〈Turn To Clear View〉(クリアな視界に切り替える)というタイトルに繋がっている。バラバラの時期に録音した前作と違い、収録曲を一気にレコーディングしてできたものだから、アルバム・トータルで繋がりを感じられるものになっている。それから、僕がもっと歌っているのが成長と言えるかな。誰かに頼まなくてもすぐにベッドルームでレコーディングしたりと、その流れで僕自身の声が前より多く使われた作品に仕上がったんだ」という『Turn To Clear View』は、モーゼス・ボイド(ドラムス)、オスカー・ジェローム(ギター)、ムタレ・チャシ(ベース)、クウェイク・ベース(ドラムス)、ラス・アシェバー(ヴォーカル)など前作のメンバーのほか、ヌビア・ガルシア(サックス)など日頃からよくセッションするミュージシャンが参加。また、ジョーのルームメイトで、彼らの出世作の『Idiom EP』を共作したマックスウェル・オーウィンが制作をサポートする。
「アルバムに参加している皆がジャズ・シーンで繋がっているけど、皆全く同じシーンに属しているというわけではない。同じようで、皆それぞれ異なるシーンで活躍しているんだ。皆繋がっているけれど、やっている音楽や活動は様々。だからこそ面白いんだと思うよ」というように、『Turn To Clear View』はジョー・アーモン・ジョーンズの作品であると同時に、現在のサウス・ロンドンのジャズ・シーンを象徴する一枚となっている。
「それぞれやっていることは違うけれど、僕らは姿勢という共通点を持っている。音楽に対するポジティヴな姿勢は、確実に僕ら全員が共通して持っているものだね。他のミュージシャンたちと音楽を演奏しながら自分のスタイルをそこに落とし込んでいるのも共通点。とにかく皆、〈ミュージシャン〉なんだよ。それが全て」。
アフロビートにグナワ、ミュージシャンとの化学反応で生まれるサウンドの多様性
ロンドン勢以外では、昨年ブレインフィーダーからもアルバム『Overload』をリリースしたアメリカのジョージア・アン・マルドロウ(ヴォーカル)の参加も目を引く。「彼女がロンドンに来ていくつかショーをやっていたんだけど、その一つで出会ったんだ。その時話して、トラックを送ることになった。で、彼女がアメリカに戻ってからすぐに連絡があったから、トラックを送ったんだ。この“Yellow Dandelion”は最初ジョージアのことを考えて作ったものではなかったけれど、いざジョージアに送ってみたところ、彼女が送り返して来たものが良かったから、そのまま使うことにしたんだ。運が良かったんだよ。合わせてみるまでわからないからね」と述べるように、『Turn To Clear View』にはいろいろなミュージシャンとの化学反応から楽曲が導き出されたものもある。
たとえばナイジェリア出身のオーボンジェイアーが歌うアフロビートの“Self Love”は、エズラ・コレクティヴにも共通するような楽曲である。「僕個人の活動とエズラ・コレクティヴでの活動は互いに作用し合っていて、ソロ活動がエズラから受けている影響はアフロビート。でも“Self Love”のトラックのアフロビートはエズラからの影響だけではなくて、あの曲でドラムをプレイしているモーゼス・ボイドがずっとアフロビートを演奏してきた経験を持つから、それが理由でもあるんだ。あれはエズラからの影響を意識したというよりは、モーゼスがもたらしたものさ」というように、一緒に演奏するメンバーによって楽曲の方向性も異なるものになることが多い。そうしたところはいかにもジャズ・ミュージシャンらしいと言うべきか。
「僕はイスに座って、さあトラックを作ろうと曲を書き始めることはない。たとえばエズラっぽくなるか、ソロ・プロジェクトっぽくなるかは、結構演奏してもらうミュージシャンによるんだよね。彼らがそれをエズラっぽくも、ソロ・プロジェクトっぽくもしてくれるんだ」。
アフロビートの“Self Love”のほか、『Starting Today』での“London's Face”と同様に“Gnawa Sweet”はモロッコのグナワ音楽の要素を取り入れており、全般的に『Turn To Clear View』にはアフリカやカリブなどの民族音楽に接近した面も見られる。「僕はグナワを民族音楽だとは思わないけれど、僕がグナワを取り入れるのは、ただあのリズムが大好きだから。アフロビートやダブ、ジャズや他の音楽と同じさ。リズムに惹かれるんだ。好きなものはやっぱり自分の音楽に取り入れたいからね」という姿勢は、シャバカ・ハッチングスやモーゼス・ボイドなどサウス・ロンドンのミュージシャンに共通するもののひとつだ。
言葉だけでは説明するのが難しいものを音楽で表現したい
また、アルバム・ジャケットのアートワークにも示されるように、ジョー・アーモン・ジョーンズの作品にはスペイシーな雰囲気が溢れている。かつてのハービー・ハンコックやロニー・リストン・スミスは、アフロ・フューチャリズムを彼らが演奏するコズミックなキーボードへと変換させていた。エズラ・コレクティヴでもサン・ラーをカヴァーするなど、アフロ・フューチャリズムへの傾倒からジョーがスペイシーな方向に向かっているのかと思いきや、実際にはそうしたムードが好きだからということだ。
「宇宙っぽいものだけに限らず、音楽だけではなくて、音楽の背景に雰囲気を作ることが好きなんだ。世界観とか、言葉だけでは説明するのが難しいものを音楽で表現したい。アフロ・フューチャリズムに関しては、僕はそれが何か正直よくわかっていないんだよね。ミュージシャンがそれぞれにある世界、雰囲気を表現しようとしているものを人々がひとくくりにしてアフロ・フューチャリズムと呼んでいるような気もする。サン・ラーに関しては、アフロ・フューチャリズムとは関係なく、彼が独自に作り出している特別なあの世界が素晴らしいと思うんだ。それぞれのミュージシャンが作り出す独自の世界観、雰囲気に惹かれるんだ」。