東北在住の作家が丁寧な取材を重ね描いた、被災地に生きる人々の心の物語

じんのあい 『星の輝き、月の影 1』 小学館(2022)

 舞台は、東北の宝沢村。主人公の松下聡子は、東京の大学を卒業後、教師になる夢を諦め、地元の村役場に就職、窓口業務に追われる毎日だ。同級生の北山大樹は、新聞記者を志していたが、実家の畜産農家を継ぎ〈牛飼い〉になり、青年団のリーダーで活躍中。二人は同窓会で再会し、〈村おこし〉のグリーンツーリズム企画で意気投合する。“上を向いて歩こう”を車の中で聴きながら語りあう二人。農業体験、牛飼い体験、手漉き和紙、酒づくり、林業体験etc……「私のふるさとはよく見れば、素晴らしいもので満ちていた」。いつしか手を繋ぐようになった二人。満天の星空を眺めながら聡子はつぶやく。「この村の夜空の美しさは、都会の眩さに劣らない」「この村で一緒に生きていけると思った」。

 次のページを開くと見開きに黒い海岸線と舞う紙。2011年3月11日。この日を境に原発事故で汚染された村から避難し、聡子は仮設住宅へ。津波で行方不明になった愛する人を思い続け、近隣の人々と寄り添いながら生きる日々。その暮らしは今も続いている。

 実は、宝沢村のモデルは、福島県の飯舘村なのだという。仙台市で生まれ育った作者じんのあいは、東日本大震災を当事者として経験。福島県生まれの父と一緒に知人の住む飯舘村の牛舎を訪れ、復興から遠い現状に衝撃を受けた。それをきっかけに原発事故についての資料を集め、〈ふくしま復興支援フォーラム〉などの勉強会に通ううちに、登場人物のキャラクターが生まれた。構想2年を経て、東日本大震災から10年を迎えた2021年春にビッグコミック増刊号で連載開始。この春、コミックスの第一巻が刊行。限りなくノンフィクションに近いフィクション。ほのぼのとしたタッチの中にジャーナリズム性がある。

 聡子の暮らす仮設住宅の部屋の本棚に並ぶ書名を拾ってみよう。「グリーンツーリズム研究」「汚染と除染」「放射能とはなにか」「チェルノブイリその後」「再生可能エネルギー」etc……実在する本のタイトルも確認しながら、コミックスという媒体の可能性や使命感を感じる。厄介なことから目をそらさない。事実を知りたい。忘れない。ディテールから作者の気持ちが伝わってくる。

 担当編集者によると初回のネームの描き直しは10回。「ルポでもなく告発でもなく、しかし真摯な視点から丁寧に取材して描いたフィクション作品だけに、リアリティが増していると感じます。連載は今も続いていて、物語はだんだん現在につながってきます」。

 タイトルの「星の輝き、月の影」は、“上を向いて歩こう”の歌詞に由来している。作者あとがきには「ある日、何気なくラジオを聞いていたら、“上を向いて歩こう”が流れてきました。そのとき、震災の日の夜も同じようにラジオからこの曲が流れ、不安の中で不思議に励まされたことを思い出しました。この作品のタイトルは、そのとき心に深く突き刺さってきた言葉にヒントを得たものです」。

 1961年発表の“上を向いて歩こう”は、六八九コンビ(歌・坂本九、作詞・永六輔、作曲・中村八大)の名作。全米ヒットチャートナンバーワンにもなった“SUKIYAKI”ソングだが、永六輔は、60年安保闘争の敗北感の中でこの詞を書いたことを吐露している。世界70カ国以上でカバーされ、63年香港での中国語題は“黙黙的相思”(日本語訳〈ひっそりとあなたを想う〉)。主人公・聡子の心情を慮りながら、「星の輝き、月の影」が多言語で翻訳されて映像化されるイメージを思い浮かべている。