あるジャンルを定義するのは難しくて、例えば〈ドリーム・ポップ〉がそうだ。シューゲイザーが深い残響の内にガレージ・ロックやノイズ・ミュージックとの接点を持つとすれば、ドリーム・ポップはそうした攻撃性を排した、よりソフトで優美なムードの音楽と言えるだろうか。その名の通り〈夢見る音楽〉である。ボルチモア出身のデュオ、ビーチ・ハウスもそうしたドリーム・ポップのアーティストとして紐づけられることが多い。

BEACH HOUSE 『Once Twice Melody』 Sub Pop/BIG NOTHING(2022)

 彼らがサブ・ポップから発表した新作『Once Twice Melody』は全4章、計18曲から成る大作だ。セルフ・プロデュースで製作され、ミックスには前作に引き続きマイブラなどにも携わったアラン・モウルダーが参加。生ドラム混じりの力強いリズム・セクションもあるが、何よりも滑らかな音のヴェールを色とりどりに堪能できる。

 収録曲のいくつかはMVも作成されており、“New Romance”の映像を観るとこのアルバムがいったいどんな作品なのかがわかりやすい。絵の具を混ぜたような色彩が流動的に渦を巻く中で、言葉が立ち上がり、そして消えていく。ビーチ・ハウスの音楽の美しい部分はこういうところである。〈過ぎ去っていく日々〉や〈暗い星空〉といった歌詞が現れては、音のテクスチャーに溶け込んでゆき、聴き終えた後に残るのは、断片的なイメージと、深い夢を見た後のようなどこか生々しい感覚だけ。こうしたリスニング体験を与えてくれるのがドリーム・ポップだし、ビーチ・ハウスというデュオである。

 ニルファー・ヤンヤの楽曲は、そんなビーチ・ハウスとは対照的にパキッとした輪郭を持つ、いわば覚醒中の音楽だ。BBCの〈Sound Of 2018〉にノミネートされていた彼女は優れたシンガーかつギタリストである。といってもギター・ヒーロー的ではなく、ありふれたフレーズを避け、いかにして曲をユニークなものにするかを考える、アレンジャーとしての指向が強い。新作『Painless』ではそんな彼女の、楽曲を異化していく優れた性質が花開いている。

NILUFER YANYA 『Painless』 ATO(2022)

 例えば1曲目の“Another Life”はウォー・オン・ドラッグスを思わせる青い音響を持つ楽曲で、隙間の多いプロダクションが各パートの輪郭を際立たせている。すでに公開されている“Stabilise”では性急なビートに合わせたギターのアルペジオが緊張感を与え、“Try”にはスティーヴ・ライヒ的なミニマリズムとジェフ・バックリーの憂いがある。重要なのはいずれも耳触りが良く、非常に聴きやすいこと。けれども聴く込むたびに発見がある。

 アーロ・パークスの次は彼女だと言いたくなるような洗練性を備えた素晴らしい作品で、この先より開かれた層に聴かれていくだろう。

 


【著者紹介】岸啓介
音楽系出版社で勤務したのちに、レーベル勤務などを経て、現在はライター/編集者としても活動中。座右の銘は〈I would prefer not to〉。