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優れたパフォーマーは時に、受け手に対して、あたかも〈これは自分について表現している〉と錯覚させる力を持つ。ミツキもそんな力を持つアーティストの一人である。
大きなブレイクスルーを果たした前作『Be The Cowboy』に続いてデッド・オーシャンズからリリースされるニュー・アルバム『Laurel Hell』は歌詞をとってもサウンドをとっても素晴らしい作品だ。今作では成功に伴って生じる変化に対しての戸惑いが全編で歌われている。
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1曲目の“Valentine, Texas”ではそんな心の揺らぎが中盤の乱暴なまでに響くシンセサイザーに託され、続く “Working For The Knife”では(恐らく)過去の自分が抱いていた創作へのひりつく想いが〈ナイフ〉という言葉と共に歌われる。そして〈熱雷〉の意味が込められた“Heat Lightning”では諦念が激しい雷雨の情景と共に描かれる。このアルバムではこうした彼女の揺らぐ心境がまさに嵐のように吹き荒れている。だがサウンドは安易な〈激情〉に流れていくことはなく、左右のチャンネルに入念に分けられた多彩なアレンジは穏やかに官能的である。
ミツキが書くリリックは率直で直接的だ。9曲目の“Should've Been Me”の〈友達リストを順に見ていて気づいた/この気持ちについて語れる相手がいないなと〉なんて歌詞には否応なしに引き込まれてしまう。そうした歌詞が優れた楽曲として提示されることによって、ミツキの個人的な歌詞はもはや他人事ではなくなり、聴き手はそのストーリーに巻き込まれていく。作品としての完成度もさることながら、この〈引き込まれる感覚〉からは迫力すら感じられる。なお、日本盤ボーナス・トラックのLily Chou-Chou“グライド”のカヴァーは必聴。
それとは打って変わって、容易に人を巻き込んでいかないのがケイト・ル・ボンである。ウェールズ出身の彼女はこれまでも自身の作品に加え、ディアハンターのプロデュース並びにブラッドフォード・コックスとのコラボ、セイント・ヴィンセントのツアーへの参加などで、その一筋縄ではいかない才能を幅広い方面で披露してきている。
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このたび登場した新作『Pompeii』は、高い評価を得た前作『Reward』に続いてミニマルで風変わり、常に意表を突く配置のサウンドの箱庭的ポップである。マルチ・プレイヤーである彼女は本作でもドラムスなどを除いたほとんどの楽器をみずから演奏している。
近作のディアハンターなどにも言えることだが、一聴すると非常にコンパクトで耳当たりの良い音楽でありつつ、常に何か違和感と緊張感を感じさせる作品だ。だからこそ作品に没入するというよりかは、常に楽曲と一定の距離を取らされる感覚があり、ゆえに作品の美的な完成度が際立つ。ゆるやかな音像の中に徹底した美意識が張り巡らされた一枚である。
【著者紹介】岸啓介
音楽系出版社で勤務したのちに、レーベル勤務などを経て、現在はライター/編集者としても活動中。座右の銘は〈I would prefer not to〉。